箱庭の再来
目が覚めたとき、己の目を疑った。
不自然なまでに青い空、そして周囲には不気味なまでに穏やかな草木と遠くにはグランドと鬱蒼とした林。
変化は自身の身体にも起きていた。
先程まで着ていた衣類とは異なるジャージのような動きやすい格好。
そして手の中にはスマートホンと同じサイズの謎の端末が収まっていた。
ふと、死角に気配を感じ、美波は勢いよく振り向いた。
「……ッ、誰?!」
「わ、」
背後にいた少女は驚き、尻餅をつく。
黒髪をおさげにして縛っており、転けた衝撃で黒縁のメガネがずれてしまっていた。
自分に害がないことは明らかであった。美波は一息つくと彼女に手を差し伸べた。
「……ごめん、驚かせた。」
「いや、私こそごめんなさい。」
彼女は私の手を伝って立ち上がる。
土を払い終えるのを見届けてから美波は彼女に尋ねた。
「私は酒門美波。急で申し訳ないんだけど、ここはどこか分かる?」
美波がそのように尋ねると、彼女は一瞬驚いたような顔をしたが、少し思案するような様子を見せてから驚くべき言葉を発した。
「私は寿綾音です。私もどうやってログインしたかまでは覚えてないんだけど、ここは【擬似箱庭ゲーム】の世界らしいですよ。」
「【擬似箱庭ゲーム】……?」
「……もしかして当選メール見てないんですか?」
美波の様子に彼女は控えめながら尋ねる。
美波が頷くと納得したように彼女も頷いた。
「まさか確認していない方がいるとは……。私たちは【箱庭の掲示板】で【擬似箱庭ゲーム】への参加権を獲得したんですよ。」
「ふぅん……、私はそもそも兄さんが勝手に登録したものだったから大して確認してなかったよ。」
「そうなんですか? なら当たってしまってむしろ災難……?」
「そうだね、寿さんの言う通りかな。」
美波は頭を抱えたくなった。
しかも彼女の場合、ログインの瞬間は記憶になかったがまるで誘拐のようにこのゲームに誘われたのだ。
綾音の様子を見る限り、彼女は自ら進んで参加しているように見えた。
「……酒門さんは【箱庭ゲーム】に参加したいと思ったことはないんですか?」
「ないよ。むしろ兄さんがあんなにどっぷりと浸かってる様子を見て、今利用できなくてよかったとさえ思ってるよ。」
「そう、ですか。酒門さんは凄いですね……。」
綾音は僅かに視線を伏せると、そういえばとわざとらしく話題を変えてきた。
「メールに書いてあったんですけど、全員がログインしたらログインルームに集合らしいですよ。」
「ログインルーム? 起きたらここに放り出されてたにも関わらずそんな部屋があるの?」
「……うん、まぁ。」
それに関しては彼女も同意らしく苦笑いしていた。
美波は、とりあえず綾音に素直に着いて行くことにした。
彼女は迷うことなく施設の中に入り、入って右のA棟に向かって行った。
ログインルームには美波と綾音を除き、13人の男女がいた。
その視線が一斉に自分たちに向き、居心地が悪かった。
「これで全員かな。」
「【箱庭ゲーム】はMAXで15人部屋、これで全員っすよ。」
茶色の短髪の男と、猫っ毛を遊ばせた男の子が言葉を交わす。
その2人の言葉をきっかけにオールバックの男が口を開いた。
「じゃあこれで全員ね。なら、さっそくだけど自己紹介しようぜ。数日間だけど同じルームで過ごす仲間だし。」
「仲間になった覚えはないがな。」
「堅いこと言うなよ!」
彼の隣の眼鏡の男がそんなことを呟いていたが、オールバック男には真剣に捉えられなかったらしい。
彼は大きくため息をついた。
「じゃあまず言い出しっぺのオレから! オレは高濱風磨、高3だ。バスケでPGやってたんだわ。【箱庭の掲示板】は流行りで見てたんだ。ま、よろしく!
で、こっちが石田遼馬。幼稚園からの幼馴染でコイツもバスケやってたんだわ。口下手な所もあるけどめっちゃいい奴だからよろしくな!」
「……どうも。」
高濱は眼鏡の男とは反対側の、黒髪の童顔な男と肩を組みながら自己紹介をした。
どうやら高濱と石田は、旧知の仲らしく、先程から口を開かない彼は肩組みを許す程度には2人は距離が近いように思えた。
「じゃあ次ぁ、あたしだな! あたしは加藤麻結、高3だぜ! 箱庭ゲームでの恋愛が興味あってな、お前らも好きにやっていいぞ!」
ピンクに染めたうねる長髪の女性が頰を染めながらうっとりとしつつ言う。
美波だけでなく、その隣の綾音も引いており、他にも口角をヒクつかせる人は多くいた。
しかしその隣のシニヨンにした上品な雰囲気の女の子は口元を抑えつつ優しげに微笑むだけだった。
「独特な方もいらっしゃるんですね。
私は、木下菜摘ですわ。高校2年生、暇な時間に掲示板を見ていたのですが、前々から参加したく思っていました。よろしくお願いします。」
深々とお辞儀をした。
何人かはつられてお辞儀しながらよろしく、と言っていた。
その横でもじもじと手を弄りながら、小柄な女の子がポニーテールを揺らしながら口をモゴモゴと動かす。
「え……と、武島莉音、です。高1です。よろしくお願いします。」
「よろしくっす!」
隣の小柄な男の子がそう言うと彼女は妙な悲鳴をあげて菜摘の後ろに隠れてしまう。
確かにピアスもいくつかつけており、髪色も明るい茶髪のためかなり怖い印象かもしれない。
「あー、驚かせちゃったっすね。
オレは梶谷修輔、同じく高1っす。元々ゲームが好きで、PCとか触ってたんすけど、今はプログラミングの大会とかゲームの大会に参加してるっす。【箱庭ゲーム】もその延長で気になってたんすけど何かあったら聞いてください。よろしくっす!」
「……確か、小学生の頃、高校生以下のプログラミング大会で準優勝してたよね?」
美波が尋ねると彼は目を光らせて美波の方に注目した。
「知ってるんすか?! もしかしてアンタも?」
「兄さんがゲームとか好きでね。それだけ。」
「……そっすか。」
彼は明らかに残念そうに肩を落とした。
「次いいかな?
僕は久我睦。高2で陸上をやってるよ。……僕はそんなにゲームのこと詳しくないんだけど、よろしくね。」
少し垂れ目の細身の彼は、妙な含みを持たせながら言う。
「あ、じゃあ次私ですね。
私は寿綾音、高2です。【箱庭ゲーム】には……、ちょっと憧れてて、参加したなあって思ってました。よろしくお願いします。」
彼女は照れたように言う。
「寿さんはそっちの子と一緒に来たけど高濱さん達と同じで知り合いなの?」
「ううん、酒門さんがメールを見てないって言うから。」
「メールを?」
「うん。」
美波が頷くと久我はふーん、と呟きつつ何かを思案する表情になった。
「次いいよね。私は酒門美波。高2。まぁ、よろしく。」
「シンプルだねぇ……、あ、私は本山楓、高3だよ。前からこのゲーム気になってたんだけど参加できるとは……、って感じ! よろしくね。」
美波の隣にいた眼鏡を掛けた亜麻色の髪の女性が目を輝かせながら言う。
その奥には、金髪の襟足の長い古臭いヤンキーのような格好をした男がいた。
「あー、オレは千葉凌二、高2だ。友達に勝手に登録されたやつが当選しちまってオレも驚いてる感じだ。とりあえず、よろしくな。」
見かけよりはまともそうな男らしい。
明らかに一部の人が安堵の息を漏らしていた。
「では、オレは須賀縛! 高3で生徒会に入っていた! 頭を使うのは苦手だがみんなの為に役に立てればと思う! よろしく頼む!」
「武士みたいっすね!」
梶谷が目を輝かせながら笑う。
須賀もリアクションが嬉しかったのか野太い声で笑っていた。
「じゃあ、オレの番だね。オレは荻龍平、高1だよ。【箱庭ゲーム】、結構面白そうだな〜って思ってたんだけどまさか体験できるとはね。よろしくね。」
梶谷と同じくらい小柄な男の子がにこにこと笑いながら言う。
そして同じ背丈の女の子が同じような笑い方をしながらパーマをかけた金髪を揺らす。
「私は〜、矢代華。高1だよ〜、よろしくぅ。」
間延びした、のんびりとした話し方の女の子だ。
「オレで最後だな。オレは香坂和樹、高3だ。」
眼鏡をあげながら香坂がそう言って自己紹介は終わった。
すると、タイミングを見計らっていたようにログインルームのモニターが点滅する。
1番近くにいた莉音がびくりと身体を震わせ、対角線上の千葉達の方に向かって逃げたが、千葉の顔に驚き、腰を抜かす。
「大丈夫か?」
「あ、はい……。」
莉音の上目遣いに須賀が照れるのを隣の千葉は呆れたように見ていた。
肝心のモニターについては、梶谷が確認を行う。
「隣のモニタールームに細かい連絡が来てるみたいっす。確認に行きましょう。」
梶谷が声を掛けると他の参加者も早々に移動を始める。
「酒門さん、同い年なんだね。年上だと思ってた。私たちも行こう?」
「うん。」
美波はログインルームを見ながら、綾音の誘いに頷く。
彼女が、綾音について出ようとした時だった。
「ねぇ、君はメールを見ていないんだってね。」
「?」
最後に部屋に残っていた久我が話しかけてきた。
彼は先程まで無かった何かを疑うような、警戒感を露わにしていた。
「酒門さんは自分がこの世界にログインした時の記憶はある?」
「……ないよ、だって半ば誘拐で連れて来られたからね。」
「君も?」
も?
美波が訝しげに久我を見つめる。
久我も美波の言葉を聞いて少し困ったような、悩ましげなリアクションをした。
「……みんな待ってるし、また後で話そうか。」
「……。」
「早く行こうよ。」
久我に急かされ、美波もログインルームから出て他のメンバーの待つモニタールームに入る。
するとそこの大きなモニターには、でかでかと参加者達の来訪を喜ぶ言葉が書いてあった。
『Welcome to my game room!!』
なぜだろうか。
美波にとってはそんな参加を喜ぶ言葉も、何故だか不吉な言葉にしか感じられなかった。