ハズレ
早朝、美波は僅かに緊張していた。
というのも、慣れない役回りを任されたからだ。
体育館の向こうには彼がいる。
梶谷の方が、憎まれはするが余程楽な役回りであるように思った。
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「石田さんか高濱さんの見張り、っすか。」
屋上から戻り、昼。
梶谷は相変わらずモニタールームにいた。
目の下にはクマができており、昼夜問わずモニターに向かい合っている様子がうかがえた。頭の片隅には期待と、休んだ方が効率的でないかという自分勝手な2つの意見があったが口には出せなかった。
「いいっすけど、オレは高濱さんは無理だと思いますよ。」
「無口な石田の方でなくて?」
「石田さんは単体でいれば……まぁ人を選びますけど無口でなくないっすか?」
彼はどうやら梶谷にもそれなりに心を開きかけているらしい。
「というか、この世界になってから高濱さんぴりぴりしてるんすもん。オレには無理っすよ。たぶん元からあんまり相性良くないですし。」
確かに体育会系代表でリーダーシップを発揮する彼のいい意味での強引さは、出会った時のことを考えても梶谷には合わないのかもしれない。
「……まぁ、幼馴染が危機に晒されてるんだから分からなくはないけど。」
「そっすね……。あ、でも場所なら多分わかりますよ。彼、毎朝1時間だけ体育館に行くんすよ。あの異様に広いところ。」
「思い出でも見に行ってるのかね。呑気なもんだ。」
荻が少し呆れたように言う。
でも、なぜか美波にはその行動の意味が分かりそうな気がした。
「なら梶谷は石田さんの足止め、私は高濱さんの足止め、荻は部屋を探しに行くってことで?」
「了解っす。」
「オッケーだよ。」
その後梶谷は驚くべきことを言ってのけたのだ。
「オレの方は、睡眠導入剤盛ってどうにかします!」
そのいい笑顔とぶっ飛んだ思考に荻と美波は一瞬言葉を失った。
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美波は渋々といった様子で扉を開く。
そこではボールをつく音が響いており、懐かしい時となってしまった、あの頃を思い出す。
思い出に浸っていると、高濱が不意に振り向き、美波の来訪に気づいた。
「おっ、美波ちゃんじゃん! 珍しいな〜、どうしたの?」
「……バスケ見たら少し打ちたくなって。」
「ふーん?」
違和感はなかっただろうか。
無表情ながらに心配していたが、高濱は気にせずボールをゴールに向かって放つ。
経験則でわかる。あれは、
「入らないよな〜。」
美波の言葉を奪うように高濱が先んじて言う。
2人の予想通り、ボールはリングにあたって弾かれた。
「……遼馬なら絶対入れるんだよなー。」
「へぇ、上手いんだ?」
「ああ、オレより全然うまいよ。でもアイツ口下手でチームメイトとの会話もオレを挟むことが多いんだよな〜。」
ボールを拾い、人差し指の上で器用に回す。
「で、美波ちゃんは?」
「は?」
「バスケの腕ってところよ。ほれ。」
優しいパスを受け取り、スリーポイントラインに立つ。
数日ぶりに放ったボールは先ほどより洗練された放物線を描き、バックボードにあたるが、見事にゴールにボールが入る。
「……。」
それはを見た高濱は僅かに目を見開き、一瞬寂しげな表情を浮かべたが、すぐにいつもの笑顔を貼り付けた。
「すげーじゃん! 遼馬ほどじゃねーけど!」
「そりゃどーも。」
それから1時間ほど、シュート練や1on1を行なった。
そろそろ潮時かというタイミングで、高濱の方が口を開く。
「楽しいけどそろそろ上がらねーとな! まだ、この事象に対する解決策も分かってるわけじゃねーし。」
「そういえば、調べていて何かになるもの見つけた? もしくは石田さんに聞いたとか。」
高濱は、悩ましげな表情を浮かべる。
どうも、言うか言わまいか悩んでいるといったところだ。
「残念だけど、オレらの部屋のパソコンからは何も見つかんなかったんだよなー。」
「ふーん。」
この言葉を聞き、美波はふとした疑問を何も考えず口に出してしまった。
「2人はどうやって、どっちの世界だって判断したの?」
言葉にしてから後悔した。
というのも、明らかに高濱の顔色が変わったからだ。
「……それ知ってどうするわけ?」
「どうもしないけど。高濱さんも随分と敏感に反応するね。」
「美波ちゃんは隠したいものの1つや2つないわけ?」
呆れ気味に高濱が口にした言葉を前に、美波は考えてみるが、答えは容易に見つかった。
「……このゲームを終わらせるヒントになるなら、隠すものなんてなかったよ。
ま、それは個人によるから責めないけど、さ。それが見逃しにならないかっていうのは考えてほしいね。」
「なるほど、それを言いにきたってわけな。…ったく、歳下の女の子に言われるなんて情けねーな。」
彼は肩を竦めてそのように呟く。
しかし、すぐに部屋を見せようとしてこないあたり、開放する気は無いのだろうと、美波は諦めて、その場を後にした。
昼食後、温室にて梶谷と荻と、2人の自室の探索について報告会を行う。
「お集まりいただきありがとうございまーす。2人は植物に興味ある?」
「ない。」
「ないっす。」
「ええ、結構図鑑とか面白いのに。」
異口同音に答える2人の言葉に荻は愉快そうに笑う。
荻に任せていると話が進まなそうであったため、美波はまず気になっていたことを梶谷にぶつけた。
「で、石田さんのこと、アンタの方は大丈夫だったわけ?」
「石田さんは今のところ気づいてないみたいっすよ。寝過ごしたって慌ててはいたので、いつかはバレるかもしれませんけど。」
彼は、反省しているのかしていないのか、苦笑いをしていた。
「じゃあ、僕から報告ね。パソコンについては両者ともに不審な点も、変な回線も見つからず。記憶媒体とかも全部確認したけど、バスケットの動画とかそればっかりだったよ。どうせ、漁ったことはバレちゃうし、データをコピーしたUSB渡しておくね。」
いらない、と対抗することを諦めて美波は曖昧な返事のままそれを受け取った。
「でも、石田さんも高濱さんも何か妙っすよね〜。」
「妙?」
美波が鸚鵡返しで尋ねると、梶谷は首を捻りながら 疑問を口にする。
「だって、淡白すぎません? 寿さんと久我さんの例を見たから、っていうのもありますけど、ある種当事者じゃないっすか。」
「下手したら僕らの方がよっぽど熱心に調査してるよね〜。」
言われてみれば、確かに梶谷と荻の言葉には頷ける。
「……タイムリミットは明日の18時、それまでに解決策が見つからなければ、石田さんは消えちゃいますもんね。」
梶谷は、すぐに立ち上がった。
「報告会が以上なら、オレはモニターの調査に戻るっす! じゃ!」
去り際にそれだけ言うと、彼は小走りに温室から出て行ってしまった。
それだけ見送り、ふと荻の方を見やると彼は難しそうな顔をしていた。
「……どうしたの?」
「うーん、僕の思い違いだと思うけど。」
それが何か問いただそうとした時、背後の温室の入口が開く音がした。
そこには目を瞬かせる華がいた。
「アレ、矢代サンじゃーん。どうしたの?」
「ん〜、莉音を探してたのだ〜。昨日全然寝てないのに、朝早くから全然いなくて、お話ができないのだ……。」
珍しく肩を落とす彼女は、どうやら莉音と口がきけないことを気にしているらしく、軽く汗が滲んでいるあたり、ずっと探しているようだった。
「酒門サン、一緒に探してあげたら? 僕、キツイこと言ったから彼女に嫌われてると思うし。」
「私も好かれてる覚えはないけど?」
「まぁまぁいいからいいから! じゃ、またね〜!」
荻は逃げるように温室を後にしてしまう。
彼の態度には甚だ疑問を覚えるが、今後のことを考えると華や莉音のことを放っておくわけにもいかなかった。現状、団結することは必須である。
「じゃあ、探そうか。」
「うん!」
華の笑顔を眩しいと思いつつ、2人も華がまだ探していないところを探しに温室を出た。
「そういえば、美波も参加してほしいことがあるのだ!」
「何?」
唐突に手を叩いて、彼女が提案してきた。嫌な予感はするものの、内容は聞いておく。
「今夜、みんなで端末の番号を連番に設定しないかって話をしてたのだ! この前の睦たちみたいに、他の人の端末を開ければ助けられたってことがないように、ロック番号も十分な邪魔になると思うんだよね〜。」
確かに、そういった場面もあるだろう。
しかし、美波はどことなく気乗りせず、ゆっくりと首を横に振る。
「やめとくよ、何となく。それに私の端末は梶谷が入れてくれた顔認証があるし。」
「そう〜? 龍平にも言われたし無理強いはしないよ〜。気が向いたら声をかけてね。」
意外な言葉に目を丸くする。
ああは言い争っていたものの、彼女はしっかりと荻の言葉を受け止め、彼女なりに考えて行動していたらしい。
見くびっていたことに内心で謝罪しながらも、分かったと了承の意を伝えた。
2人は、倉庫へたどり着く。
出入り口が不自然に開いており、中を覗いた。
「ーーーやる。もう、消えたい。」
血走った目で不穏なことを呟く莉音が目の前にいた。
顔色は悪く、明らかに眠れていないらしい不健康な姿が痛ましかった。
「……莉音?」
「……何よ。」
刺々しい言葉と、悲しげな表情が刺さる。彼女は、華の呼びかけに応じ、こちらへゆったりと歩を進める。
どことなく、不安定な感じがし、警戒してしまう。
「大丈夫だよー、莉音。」
「……。」
「華は消えないし、莉音を残していなくならないよー。だから莉音も華のこと、友だちだと思ってほしいな。」
前みたいに信じろと言わないのか。
美波は構えていたものを解き、数歩下がって2人の成り行きを見守る。
「莉音は疲れてるんだよ。まずはゆっくり寝て、それからみんなと友達になろ?
華は、信頼できる要素が増えるように、みんなと端末の設定を変えよう、って話をしてるのだ。莉音も、協力してほしい。」
「……信じていいの?」
「約束は、破らないよ。」
莉音は、華へ向かってゆったりと近づき、やがて彼女の肩に自分の身を預けた。華は優しく莉音を抱き込み、彼女の背中をあやすように軽くリズミカルに叩く。
美波と華は目配せすると、美波はそっと倉庫から出た。端末の提案について、断った自分があの場にいるのは余計な刺激になることがすでに分かっていたからだ。
ふと、倉庫に何か足りないなと思いつつも、疑問は解消することなく、彼女はモニタールームへ向かった。
果たしてこの違和感をこの時に解消できていたら、何かこの結末は変わっていたのだろうか。
残酷なアラートは、夜も寝静まる時間に鳴り響いた。
『なお、今回【強制退場】をされた荻龍平は【サポーター】ではなかった。』