画面の向こうの狂乱舞
「遅くなってすんません! 皆さん集合してたんすね!」
梶谷が香坂を連れて慌ててカフェテリアに戻ってきた。
集まるメンバーの中で過半数は青い顔を浮かべていた。
世界の主の候補である石田と高濱、PC室で他の部屋が消滅する動画を観てしまった美波と麻結、恐らく精神状態が不安定になってきているであろう莉音、菜摘、楓。
相変わらず涼しい顔をした荻が伸びながら話を振る。
「とりあえず、各自調べたところを報告しない? 誰も始めないなら僕らの所から報告するけど。」
「それでいいと思うぞ〜?」
華が挙手しながら同意する。
「確か高濱サンと本山サンが全体をざっと見てたよね? ご存知の通り、オレ達はB棟の2階を見てたよ。」
「2階には、部室っぽい部屋と倉庫、あとリビング2つと〜、あとは空き部屋は真っ暗だったぞ〜。」
「……本当に、何もない部屋でした。」
莉音がため息に近いような言葉を発する。
「さっき酒門サンからメールがあった通りだけど、リビングはたぶん石田サンの家と高濱サンの家のもの。後で発表があるだろうから言わないけど……。ほんと、2人はずっと一緒に居たんだね。どっちの記憶が分からないレベルで。」
「……。」
荻の言葉に当人達は僅かに表情を変えるのみでリアクションを碌にしない。
彼はつまらなさそうに唇を尖らせる。
「ちなみに前回の世界みたいな妙なパソコンとかは2階にはなかったぞ〜。」
「そっすか。なら、2階にオレの出番はなさそうっすね。あ、ついでだから言うとオレはA棟を探索したっすよ。」
梶谷が続けて話す。
「前回や元の箱庭と特に変わったところはなしっす。モニターの先の【スズキ】との連絡手段も変わらず。あと、これは残念なお知らせなんすけど。」
困ったような表情を浮かべながら彼は肩を竦める。
「前回の世界で解析した分はリセットされてたっす。途中から酒門さんのお兄さんのパソコンの解析の方に夢中になってたからっすね。」
「そういえば、……綾音ちゃん達のことがあって、解析の結果を聞きそびれてたね。」
「そいやそっすね……。まぁあちこちに飛んじゃうんで調査結果の後に伝えます。」
梶谷が言うと、楓は頷いた。
先程から腕組みをしていた香坂も口を開く。
「カフェテリアの食材は追加されていた。あとごみ箱は空になっていたな。他には特に変化はなかった。……ログインルームもな。」
「そうかよ。」
千葉は少し困ったような顔で首を捻る。
「あぁ、オレらは酒門から連絡来てペア組み替えまでグランドとか、外を見て回ってた。特に異変はなかったけど、グランドの倉庫の中身が変わってたな。石田曰く、高校の倉庫らしいな。」
一瞥すると、彼は頷く。
「あと、前の世界ではあんまり調べられなかったから屋上を調べてきたぜ。オレは特に何も感じなかったけど。」
「……あれは、おかしいでしょ。」
石田が千葉の言葉を疑わしげに否定した。
なぜか急にはっと何かに気づいたような顔を浮かべ、首を横に振る。
「……や、ごめん。気のせいかも。」
「何だよ、言っとけよ?」
「もう1回、確認してから報告する。」
高濱の言葉も彼は突き放す。
何となく違和感を感じながらも、美波は言及しなかった。
「私たちは倉庫を確認して参りました。前回の世界で移動された物は元の場所に戻っていましたわ。」
「しかも、千葉が踏み荒らしていたらしい埃も元通りだ。完全にリセットされたようだったな。」
確かに全体メールに書いてある倉庫の物品については差がないらしい。
「で、美波ちゃん達はどうだったの? メールの件については分かってるけど。」
「あぁ……、図書館については今まで見たかった重要そうな書籍はそのままだったよ。あと、これ。私の時と同様、記憶の持ち主の思考を記した本だよ。中は見てない。」
それを机の上に置く。
「……あと、これはまだ調べ切れてない部分なんだけど、」
麻結に目配せすると彼女はゆっくり頷いた。
「1FのPC室のとあるパソコンに大量の動画ファイルがあった。」
「何が保存されたんすか?」
動画ファイル、と聞いて彼が目を輝かせる。
残念ながら、彼の期待に応えられるようなものでないのだが。
「……ファイルの数は、今まで消えたルームの数と同じ。そして入っているデータは、他のルームが消える瞬間の凄惨な映像だったよ。」
美波の言葉に、全員が言葉を失う。
どこからかドタ、と誰かが転ぶ音がした。
振り向くと真っ青な顔で莉音が震えていた。
「……もう、無理です。私たちは、もう、」
「そんなこと言ーーー。」
「だって、どんな綺麗事を言ったって、結局は無駄じゃないですか! 何も見つからないし、まともそうな寿さんや久我さんだってーーーーー!」
「武島さん!」
焦って声をあげたのは梶谷だった。
明らかに、美波と千葉の表情も曇る。
「何よ! 私は間違ったことを言ってない! 狂ってるのはあなた達よ!」
そう叫ぶように言うと、莉音は立ち上がり、慌ただしくその場から走り去って行った。
意外にも、華は追いかけることなく、その場に留まっている。
荻はそれが気になったらしく、はてと首を傾げていた。
「矢代サン、追いかけないんだ?」
「莉音なら大丈夫だよ〜。それに、まず明らかにしなきゃいけないことが2つあるからね〜。」
「……なら、1つはすぐ終わらせるよ。記憶の持ち主はオレだよ。」
華の言葉にすぐに応じたのは石田だった。
「その本、渡してもらえる? オレはその本を誰かと共有するつもりは一切ないから。」
「……オレも、か?」
高濱が静かに尋ねると、石田は頷く。
「高濱サンも、石田サンの世界で間違い無いんだね?」
「正直、オレら一緒にいすぎて反映されたところが全部お互いに行った場所だから分からねーんだよ。……でも、遼馬が言うならそうなんだろうな。」
「石田が、高濱の世界を自分のものというメリットなどないだろう。」
興味なさそうに香坂がそのように言う。
高濱は納得したように頷いており、石田は無反応だ。
「じゃあ、簡潔に。酒門さんのお兄さんのPCから出てきたデータは、たぶんこのマザーPCの中に組み込まれているであろう【箱庭ゲーム】の構成プログラムがあったっす。一応、皆さんの端末にデータを送っておいたっすけど……。」
「ああ〜、あのよくわからない数式のファイルってそれだったんだね。」
端末を見た楓が納得したように嘆息を吐いた。
美波も一瞥し、保存した。
「もしかしたら、あの部屋は【サポーター】の人をフォローする部屋だったのかもしれませんね。またこの世界でも似たような部屋があるかもしれないから、探すっす。」
「じゃあ報告は最後だな。……とりあえず解散、だけど。」
「莉音のところには華が行っとくよ〜。任せとけ〜。」
「……なら、オレは動画ファイル見に行く。」
石田が即断即決したため、何名かは疑うような表情を浮かべた。
「なら、オレも行くからよ! ……その、無理すんなよ?」
「大丈夫だよ。」
「なら僕も行こうかな〜。香坂サンも行かない?」
「行かん。」
「オレは行くぞ!」
男性陣はこぞって行くらしい。
「なら、オレも行く。」
「オレも気になるんで少し見てから行きます。酒門さんは……。」
「……私ももう一度確認しておきたい。」
「無理すんなよ?」
千葉に言われ、頷く。
彼は気丈な彼女に僅かに目を細める。
「……終わったら、時間貰うからねアンタら。」
「もちろん、覚えてますよ。」
ボソボソと確認し合う。
荻だけ不思議そうにしていたが、特に気にしないことにしたらしく、解散を声かけ、我一番にPC室に向かって行く。
結果として、その場で立候補した全員は動画を丸々1本見た。
『嫌だアァァァ! 死にたくない!』
動画に映るのはやはり、人の絶望と断末魔だ。
高濱と須賀は顔を青くしており、石田と荻は無言でそれを見続けている。
「悪い、遼馬。オレ見れねーかも。」
「……すまん、オレもだ。」
「大丈夫だよ。オレが確認しておく。」
「……付き合いますよ。」
「ありがと、荻。」
石田は少しだけ荻に微笑みかけたのに対して、荻は少しばかり居心地悪そうに頷いた。
「……私も調べたいところがあるから、千葉と梶谷を借りるよ。」
「ああ、行ってらっしゃい。」
4人に見送られ、3人はB棟奥の階段に向かう。
「まさか、酒門からここに来るとはな。」
「厳密には、久我と綾音の事件の現場に来た訳ではないんだけど。」
奇しくも一致してしまったということか。
つい因縁を感じてしまう。
「……このまま私を信じてついてきて。」
「え?」
あの時と、同じように踊り場の壁に手をつく。
前回の世界と同様に、壁に手が吸い込まれていくことに安堵する。
美波が恐れることなく、入ったことに背後から驚く声がしたが、すぐに2人も追いかけてきた。
「入るなら言えよ! ビビったろ!」
「というか、これって隠し部屋っすか?」
「そう、前の世界で久我が見つけたもの。」
放置しておいた端末は無事残っていたあたり、世界の切り替えの影響を受けないらしい。
彼の端末は相変わらず、電源がつく。
「私たちが互いに信頼してた理由を話しておくよ。私は、アンタらが【スズキ】側の人間でないと思っているから。」
驚いたまま聞く2人に彼女はとめどなく話を続ける。
「アンタらがどうやって来たのかは知らないけど、私たちはこのゲームに参加する前、知らない人に連れ去られて来た。」
「はぁ?! なんで黙ってたんだよ? その時点で犯罪じゃねーか……。」
「そうだね、でも武島みたいなのもいたし、誰が信頼できるか分からなかったから黙ってた。」
ごめん、と謝ると千葉は渋々といった様子で黙り込んだ。
「端的にここの説明をするね。
この世界はどうやら外の世界の切り替えの影響を受けないらしい。証拠に、前の世界で久我が残してくれた端末と前のゲームに関する詳細な情報が残されたノートがある。」
「前のゲーム? 何でアイツはそんなこと……。」
「知り合いがいたらしいよ。」
千葉はどうやら戸惑っているらしい。
一方で梶谷は自分の端末をジッと見ていた。
「何で、オレの端末は動かなくて久我さんの端末は動くんすか?」
「……それについては、私たちも分からなかった。アイツは自分が【サポーター】か【スズキ】の支援者でないかって疑ってたけど、私はそう思えなかった。」
「勘すか?」
「勘すよ。」
梶谷は仕方なさそうに笑う。
「この部屋については、影響を受けないなら尚更のこと他のみんなには知られたくないから、内緒ね。」
「そっすね、出入りも最小限にすべきっす。」
「まぁ、オレはあんまり出入りしねーよ。顔に出るし、情報収集もできるわけじゃねーからな。」
千葉は頭を掻きながら、そのようにいう。
「でもよ、ありがとな。」
「何が?」
美波は意味がわからず首をかしげる。
千葉はこの世界に来てからは、珍しく穏やかに笑っていた。
「オレらを信頼してくれて、ってこと。今はバラバラだけどよ、全員にちゃんと伝えられるといいな。」
「……そうだね。」
その言葉を聞き、やっと彼女は肩の荷が下りた気がした。