解決編① -後編-
「……おかしくない? だって、3人はずっと一緒にいたよね? さっきも酒門さんのフォロー入れてたし。」
沈黙の中、辿々しく追及したのは楓であった。
他の者も、それに同意するような言葉をちらほらと発し始める。
しかし、梶谷と千葉は黙ったままだ。
千葉は信じられないものを見るような目で彼を見つめる。
一方で、梶谷は頭の片隅にあったようで、しかし思考したくないと思っていたらしい。気まずそうに視線をそらす。
「そうだぜ、酒門! 親友を疑うなんてーーーー。」
「大丈夫ですよ、高濱さん。」
言葉を遮ったのは、疑われている彼本人だ。
「そう言う、ってことは君は根拠なく言っているわけではないよね。」
「当たり前でしょ。それに、犯人だからといって……。」
いや、これは後にしよう。
美波が自己完結をさせ、黙ると彼は怪訝な表情を浮かべた。
「千葉は、本当にたまたまなんだろうけど。私と久我も、知ろうと思えば綾音の計画を暴くことはできた。」
「何でー?」
華が呑気に尋ねる。
「……私たちは、綾音があの睡眠導入剤の箱を持っていたところを見たからね。」
そう、3日目の昼。
久我と音質に向かう途中、あの箱を隠すように持っていた綾音と2人はすれ違っているのだ。
「もし、【カフェテリアにある箱】を見ていたら久我は睡眠導入剤の存在を知ることができる。それにさっき私が疑われた時、綾音がその箱を持っていた話を一切出さなかった久我に違和感を覚えたんだよ。」
「忘れてたんだよ、の一言で済む話だけどね。」
久我は拍子抜けしたような顔をする。
しかし、美波は手を緩める気はなかった。
「他にも、アンタを犯人と仮定すると色々と辻褄が合うものはあるんだよ。
例えば、集合場所について、アンタが倉庫と知っていた場合、高濱さんを倉庫に長く留める方法は容易に思いつくはずだよね?」
「……確かに、オレは遼馬と縛、睦に林を放火する話をした。いや、その3人にしかしてねぇ!」
「お前何あぶねーこと考えてんだよ!」
麻結が彼の危険なアイデアに対して悲鳴のように怯える。
他の数名も大胆すぎるアイデアに、引いたり呆れたり、としていた。
「……その時、着火剤の話もした。」
「そうだな!」
石田がそう言うと、高濱は大きく頷く。
「となると、可能性としては3人か、もしくは高濱さんの自作自演。でも、高濱さんのアリバイは千葉が証明できる。」
「それに、須賀も無理だ。【着火剤は屋上に隠されてた】、あんな情けなく怯える高所恐怖症の男が隠せるわけねーよ。」
「そんな風にバラすな! 恥ずかしいだろう!」
しかし、彼の恥じらいに興味を持つものは居らず、そのまま話は続いていく。
「【屋上の梯子の位置的に女子がやるには脚立とか必要だけど、そんな跡もなかった】。というと、僕と石田さんが容疑者だね。
…… 一応、僕も着火剤背負って運ぶくらいはできるしね?」
当事者が冷静に分析する。
実際屋上に登って着火剤を発見した石田が頷くと疑いようもない。
「でも、そこからどうやって2人に絞るんですか? 他の証拠並べても、無理ですよね? お互い1人でいましたし、集合場所や時間を知っているなら、本山さんを操ることなんて、どちらもできますよね?」
「しかも、私場所変更はメモで貰ったから、どっちと会ったとかもないんだよねー……。」
莉音が尋ねると、楓が困ったようにつぶやく。
「遼馬が犯人なわけねーだろ! 証拠がねー!」
「だから、今からお2人に証拠を提示していただくんすよ。 幸いどちらも男性ですし、2人とも、脱いで貰って、ね。」
「は?」
流石の石田も理解しがたかったのか、嫌そうな声を出した。
そこで、荻もああと納得したようだ。
「ここで、【アイテム使用歴】が大きく関与してくるんだね。」
「そっす。」
「オレには分からんぞ! 説明してくれ!」
須賀が梶谷に詰め寄る。
暑苦しさに彼は苦笑する。
「現場見たときに、【大量の血痕】と少し離れた場所に【凹んだ火災報知器の扉】があったっすよね? ずっと何でだろう、って思ってたんすけど、犯人も一緒に落ちてぶつけたと考えれば筋が通るっすよね?」
「それに、【アイテム使用歴】を信じるならば、事件の時間以降、使用されたアイテムは、オレがお試しで使った【外傷治療薬】のみ。梶谷クンの仮説が間違ってなければ、犯人は怪我をしたままの可能性が高いってわけだ。」
「なるほどな……。」
「それに、着替えの時とかで2人が3日目の朝まで怪我をしてなかったことはわかりますよね? オレは久我さんが怪我をしてなかったことを知ってるっす。」
なら、
脱げるよな? という空気が広がる。
「分かったよ、はい。」
その空気に耐えきれなかったのか、石田があっさりと上着を脱衣し、ズボンを太腿まで捲る。
莉音が悲鳴をあげ、麻結と華は興味深そうにまじまじと見つめるため、彼は居心地悪そうに、顔を背けた。
石田の身体に目立った怪我は無さそうだ。
「もういい?」
「ええ、次は久我さんっすよ。」
「……悲鳴をあげないことだね。」
え、と皆が首を傾げた時にはもう遅かった。
久我以外の全員が言葉を失った。
彼の肩から背中にかけて酷い内出血と擦り傷、そして大量の汗。
ずっと彼はこの痛みに耐えながら、調査と言って美波たちについてきていたのだ。
「そ、君たちが言うように僕が犯人。千葉くんや本山さんを操り、寿さんを突き落とした上で彼女を【強制退場】して、自分だけ助かろうとした。」
彼はもう、痛みに耐える必要はないと判断したのか、少しばかり表情を歪ませてそのように言った。
「お前、なんで……!」
千葉が青筋を立て、飛びかかろうとしたが須賀が押さえつけた。
悔しそうに彼は顔を歪ませる。
ああ、この男はなんてバカなのだろう。
美波は内心でつぶやく。
「嘘、つかないでよ。」
美波が振り絞るように言うと彼は驚いたように顔を上げた。
「2人の間に何があったかは分からない。けど、これだけは分かる。アンタは【外傷治療薬】を使いたくても使えなかった。だって、アンタの【外傷治療薬】は、もう綾音の怪我を治すのに使ってたから……。」
「……、よく、覚えてるね。」
彼は力なく、腰を落とすとため息をつく。
「アンタだって、千葉と同じように綾音を助けようとしてくれていた。だからこそ、2人を遠ざけた。本当は綾音を助けたかったけど、できなかった。
アンタがそんな自己中心的なことをしないってことは私たちがよく知ってる。
証拠もないけど、私は、その自分の推理を信じたい。」
「……お人好し、だね。君たちは。」
彼は泣いているのだろうか。
肩を震わせて下を俯く。
「……オレからすれば、3人まとめてお人好しっすよ。」
恐らく、彼もまた綾音と同様、美波を救おうとしてしまったのだろう。
梶谷は熱くなる目元にぐっと力を入れつつ、そう考えていた。