終わって、はじまる
初投稿作品です!
読みづらくてすみません。(汗)
貴方を愛している。
この声も、大好きな家族との海での生活も、この命でさえも、全てを捧げてなお、貴方を愛せたことに後悔はない。
貴方を愛している。
私を愛してくれている家族から何度選択を迫られても、その度に貴方を選んで大切な人を悲しませても。
全力で恋をした。想いを育んだ。全力で泣いて笑った。
だからもう、全てを賭けられるような一生に一度の恋は終わりでいい。
~平成~
「うん、やっぱりとても良く似合ってる!ブレザーが可愛いことで有名な海王高校だけど、うちの雫は制服に着られることなく着こなしてるわ~♪自信持って!初登校頑張りなさいね!」
「もう、お母さんったら相変わらず親バカなんだから。身内の欲目もたいがいにしないと私が自分大好きっ子になっちゃうかもよ(笑)?でもありがとう。」
いつも通り一人娘が大好きすぎるお母さんの大袈裟な愛情表現に嬉しさ半分、呆れ半分で冗談を交えながらお礼を言う。
あぁ、なんてことのないありふれた日常だ。でも幸せな、心から愛しいと思えるかけがえのない日常だ。
無くしたくはない。幸せになりたいと言う欲求は私にだってある。だから今度は普通の人と普通の恋をして、結婚して、お母さんと私とまだ見ぬ伴侶と私が産むことになるだろう我が子とささやかだけど、幸せな日常を積み重ねて行こう。
私は朝海雫。朝の海と書いてあさみ、雫はそのまましずく。海や水を連想させるこの名前は前世で人魚姫として生き、王子様に恋をして生涯の幕をおろした私にはどこか因果を感じさせる名前。
今日はそんな私の高校の入学式。
私が入学する海王高校は校舎から海が一望できる長崎県、平戸島にある男女共学の私立高校。合唱部が有名でコンクールでは毎回いい成績を残していることから県外からも進学希望者が集まる強豪校らしい。
らしいというのも私は元々長崎県民ではなく、イタリア人の父と東京産まれ東京育ちの母とフィレンツェに住んでいたのだけれど早すぎる父の死をきっかけに母の姉、つまり私にとっては叔母が住む長崎県平戸島に中学生の時に移り住んだ。
ここら辺は坂道が続くため、事前に確認済みの道を高校に向かって自転車を押しながら歩く。
「お母さんのおかげで緊張はだいぶ解れたけど、初日だし!気合入れて友達作らないと‼」
「雫ちゃん、」
「!?」
片手で小さく気合の表れであるガッツポーズをしながら一人言を呟いていたところ後ろから声がかかり、驚きのあまり軽く肩が跳ねてしまう。
「びっ…くりした…。鹿内君?」
声をかけてきたのは中学で2、3年のクラスが同じだった鹿内君だった。
「どうしたの、こんなところで?奇遇だね?…あ、そんなことより鹿内君学校はどうし「なんで?」…え?」
集団面接の練習で聞いた鹿内君の志望校はこっちとは反対方向だったはず…そう思い疑問を口にするが、全て言い終わる前にそれまでずっと俯いていた彼が顔をあげ、絞り出したような低い声で問う。
「なんで平戸第二高校じゃないの!?一緒に面接練習してた時は志望校一緒だねって!二人とも受かるといいねって!言ってたじゃないか‼二人とも無事に高校入学できたら付き合ってくださいって言おうとしてたのに!金曜日に一足先に入学式をした二校に雫ちゃんはいなかった‼休みかとも思ったけど同じクラスだった女子の西崎に聞いたら雫ちゃんは海王志望だって‼なんで!僕を騙したの⁉」
「っ!」
背筋を嫌な汗が伝う。無意識の内に一歩後ずさる。
普段は大人しくて目立たない印象の鹿内君が常ではありえない興奮した様子で一気に感情を捲し立てる様子に本能的な危機感を覚える。
そんな私の態度は鹿内君の神経を逆撫でするものでしかなかったらしく、次の瞬間には私に掴みかかってきた。
肩を男子の手と指が強く圧迫する。
「っ痛!」
「なんでそんな顔してる‼僕の気持ち弄ぶだけ弄んで!雫ちゃんは他の女子とは違うって思ってたのに!僕の反応見て裏でバカにするのは楽しかった??被害者は僕だっっ!」
こわい。目の前にいる人は同い年の少年のはずなのにまるで武器を持った大男や牙をぎらつかせる野生の獣を相手にしているみたいだ。今まで生きてきたなかでこんな狂気にさらされたことはない。いや、
『狂気といえば雫ではない私が対峙したあの海に住む魔女もこれと同じかそれ以上の感情の刃を私につきつけていたのだろうか。家族に恵まれ、仲間に恵まれてのほほんと暮らしていた私は対価とはいえ、声を奪われ、王子との未来を望めば泡になる呪いをかけられるくらいにはあの魔女に嫌われていたのだから。』
過去の記憶、つらかったこと悲しかったことが脳裏に押し寄せたその時、
「やめろ!」
見知らぬ人の声がして、肩にかかる圧力が引き剥がされる。
淡いミルクティー色のさらさらな髪の毛、ふわりと香る柑橘系の香り、目の前にあるのは私と同じ高校の制服を着た私より高くて広い背中。この人の後ろはなんでこんなにも安心できるんだろう。それに私はこの声をどこかで知っている。
「…ぉぅじ…」
小さな小さな、目の前の人にすら届かないくらいの声量で溢れだした声は懐かしさと愛しさに満ちている。
「何があったか知らないけど一方的に女の子に詰め寄るなんて男のすることじゃない。彼女が望むなら警察沙汰にすることもできますが、君も大人…警察の立ち会いの元で冷静に話をすることを希望しますか?そうじゃないのならどうぞお引き取りを。」
「……」
さすがに警察という単語を出された途端、鹿内君の表情が変わり、それまでの勢いを失った。
「…僕は被害者だ。何も知らないくせに。」
そういって鹿内君は踵を返し、足早にこの場を去って行った。
「…あのっ!ありがとうございました‼あと、お見苦しいところをお見せしてしまってごめんなさい。」
「君が謝ることなんて何もないよ。僕が勝手にやったことなんだから。君は真面目で優しい子だね。制服も新しいし、見慣れない顔だから一年生?さっきのこともあるし、もし嫌じゃなければ学校まで一緒に行かない?」
「ご迷惑じゃなければこちらこそよろしくお願いします!一年生の朝海雫です。…先輩ですか?」
「2年の水嶋旭だよ、よろしく。」
やっぱり似ている。後ろ姿だけじゃない。正面から見ると日本人寄りの顔立ちではあるけれど、陶磁器のように白い肌とか、すっと通った鼻筋とか優しげなたれ目の下の泣きボクロとか落ち着いた声、しゃべり方。記憶にある王子様の面影が重なる。
さっきまであんなに怖くて心がざわついていたのにこの声を聞くだけであたたかい気持ちになる。
会話をしながら歩いていると思っていたよりも早く学校に到着する。
水嶋先輩に再度感謝の言葉を伝えて自分の靴箱に向かう。この人の声をもっと聞いていたい、一緒にいたいと思うわたしの気持ちに気づかなかったフリをして。
王子様は過去の人。今生きているのは水嶋旭さんという別な人格の一個人で、私は朝海雫。人魚姫じゃない。
私は新しく歩む人生の中で王子様を求めたりしない。私は過去に縛られることなく私らしい道を生きるの。
ずっとそう決めていたし、これからだってずっとそう。
早めに家を出たはずが、色々あったことでかなり時間がたっていて、半分以上のクラスメイトが既に教室についていた。
私も座席表を確認し、席につく。
一番後ろの窓から二列目の席。日当たりがよくて海が見える。
「おはよう!勝ち組ラッキーガール!」
声のするほうに視線をあげると、目の前には快活そうなショートカットの明るい女の子が立っていた。
「おはよう!私は朝海雫。貴方は?勝ち組ラッキーガールってまさか私?」
「あたしは浅香ひかり!そーだよー!一番後ろの席で限り無く窓側‼居眠りし放題という最強の権利を与えられた高校生活における勝ち組!私は雫ちゃんの一個前の席だから80パーセント勝ち組!おまけに雫ちゃんは美少女ときたもんだ!これがお近づきにならない手がありますかってーのよ!」
終始テンションの高い彼女は夏の海の海面にも負けないくらいキラキラと眩しくて、人懐っこい笑顔を浮かべている。つられて笑顔になったのは私だけではなかったようで右側からくすり、と控え目な笑い声が聞こえる。
「ふふ、ごめんね。なんかおもしろくて。五月彩菜っていいます。ひかりちゃん、雫ちゃんに対する発言がどことなくおやじくさいよ?まぁ二人とも微笑ましくて可愛いけど。」
「なんだって⁉おばばくさいとは言われたことあるけどとうとう性別の垣根を超えた…だと…!可愛いのはお主じゃー!この委員長系美少女!」
先ほどの笑い声の発信源でふんわりとひかりちゃんに対する突っこみを入れたのは眼鏡をかけたぱっつん前髪の清楚で可愛らしいかんじのする女の子だった。
「でも雫ちゃん本当に綺麗な顔立ちしてるね。外国の血とか入ってたりするの?」
「あ、お父さんがイタリア人なの。仕事で東京に来た時に日本人のお母さんに猛アタックして結婚して、2才から12才まで私もイタリアのフィレンツェにいたよ!シーフードが美味しいところだよ‼私は魚は鑑賞の対象だからあんまり食べないんだけど。」
「そうなんだ!納得!いいなー、フィレンツェ‼アクアパッツァとかピザとかもシーフードがトッピングされてる料理多そうだから大変だね。」
「アクアパッツァってなに?パスタ?パスタをどこまでおしゃんてぃーに発音できるか極めたの?パスタ、パスータ、パスッツァ、パッツァ!的な?」
「イタリアでいう水炊きだよ。魚介類をトマトや、オリーブオイルで煮込んだ料理。」
「あっ、先生来たよ‼入学式だんだんに始まるみたいだね!」
先生から挨拶があり、新入生がつける花飾りが配られ体育館に移動する。さすが部活動に力を入れるマンモス校だけあってかなり大勢の新入生が広い体育館に集まり、各々希望に満ちた高校生活の始まりを告げる一大イベントである入学式は無事閉式となった。