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家族

 風精霊のシェルルに、なし崩し的に居候され一緒に生活する事になった。


『アタシは1/144のロボロボと同等サイズだからスペースは取らないのさっ!』


 よく分からない事を小さな胸をはって誇らしげに語られる。

 シロウとしては慣れぬエルフ、そして女の身だ。

 かたわらに精霊がいる事は不安であり同時に心強くもあった。



 翌日、朝の習慣で点けたテレビジョンから流れてくるのは軽快なBGMとアニメ声。


 ――私の名は魔法少女エローフプリンセス!

 ――オイタをする悪い子はお尻をペンペンですよ!!


 ――ギャギャ、エ、エローフプリンセスだとぅ!?


 シロウは朝食の支度を手早く済ましていた。

 目玉焼きとトースト、そして牛乳だけという質素なものだ。

 ただ今日の朝食は二人分、いつ以来だろうとシロウはわずかな感慨にふける。

 折りたたみ机の上に出来上がった料理を並べていると、テレビジョンから『魔法少女タフ&クール』が流れていた。


「新シリーズか……確か、10年以上は続いてるんだっけ。シェルル、朝ごはんの準備が出来たよー」

『あ、もうちょっと、もうちょっこっと待って! 今ちょうど良いところなのさ!!』

「もう、早く食べないと冷めちゃうよ」


 空中できちんと正座してアニメを観ている風精霊。

 拳を握って子供のように夢中になっている姿に何故か和んでしまう。

 不意に感じるデジャブ、このやり取りはどこかでしたような気がした。


『エローフプリンセス! エロプリ! まるでシロシロみたいなのさっ!!』

「あ、ははは……」


 シロウのエルフ耳が情けなくも垂れさがる。

 公園での園児達との一幕と、新たな黒歴史を思い出してしまったのだ。

 視線をテレビジョンに戻した。 

 シリーズ皆勤賞のエローフプリンセスが映っている。

 彼女が新しいタフガイとクールガイの魔法少女のピンチを救っているところだ。

 初ピンチからのエローフプリンセスの初登場はタフ&クールの伝統である。

 久しぶりに興味を覚えたシロウも、シェルルの横に腰を下ろして綺麗な正座をした。


 ――エローフプリンセス? 何にしてもサンキューだぜ!!

 ――フ……感謝するぞエローフプリンセスとやら。フ……。


 相変わらず、マッチョなタフとクールの新魔法少女。

 シロウが昔みた無印のタフ&クールに比べると今風のキャラクターになっていて、コスチュームも随分と様変わりしていた。

 頭には警察官のような帽子を被り上半身は皮製のチョッキのみ。

 下半身にはピッチリとしたズボンとブーツで、衣服にはチェーンや鋲が無数に打ち込まれており初期の頃と比べると色々ぎりぎりなデザインである。

 魔法少女というより世紀末の荒野で戦っていそうな雰囲気で、PTAに真正面から喧嘩を売っているとしか思えない格好だ。

 その二人に比べると、デザイナーの気合いの入りようが明らかに違うのがエローフプリンセスだった。

 天女の羽衣のような布を幾層にも重ね合せた、彼女の魅力を引き出すために計算し尽くされた清楚で可憐な魔法少女コスチューム。

 歩くだけでチラリしそうなミニスカートだが、パンチラはだけは絶対許さないという制作陣の熱意と情熱が画面越しにヒシヒシと伝わってくる。


 ――私が戦いの手本をみせます! 二人とも合わせて!!

 ――お”お”お”!!


 エローフプリンセスのソプラノの声に応える、二人の新米魔法少女の野太い声。

 そして世紀末的な怪鳥の叫び。

 今更だが本当にいいのだろうか、こんなものを日朝の時間帯に子供向け番組として放送して。

 しかし、それを置いてもアニメ的なアクション演出は相変わらず素晴らしかった。

 子供向けの勧善懲悪の分かりやすいストーリと、大きなお友達向けの萌と裏設定に保護者向けの人間ドラマ、幅広い層に人気なのも分かるというものだ。

 久しぶりに観るシロウもシェルルと一緒にいつの間にか引き込まれていった。


『がんばれ! がんばれ! エローフプリンセスっなのさ!!』

「あ、ああ!? タフガイ危ないっ! 突っ込みすぎだよっ!」


 エルフの少女と風の精霊が前のめりで熱心に見入る。

 いつしか二人は、わーきゃーと興奮しながら応援していた。

 二人の魔力が重なり合い、場の意思持たぬ精霊達が光を放って踊りだす。

 芸術家が見ていたら、それだけで絵が描けそうな光景であった。


 テレビジョンの中の物語は佳境に入り、やがて三人の魔法少女の必殺技が街の平和を乱すガリガリ獣に直撃――


 ――番組の途中ですが、緊急速報です。


『ふえっ、な、なんなのさっ!?』

「あ、あれ……?」


 女性アナウンサーの声。

 突然画面が切り替わり仲良く声をあげる二人。


 ――本日未明、×○県○×市×△町において魔獣の出現を確認しました。

 ――警察および関係各所の迅速な対応により、幸い犠牲者は出なかった模様です。

 ――生き残りの魔獣が潜んでいる可能性も考えられます。

 ――×○県○×市×△町付近の方、また向かわれる方は十分にご注意ください。

 ――この件に関して、テロ組織との関連も考えられるため現在調査中……。

 ――繰り返します…………。


 シロウは繰り返されるニュースを呆然と聞いていた。


 意識が……自分という存在が、霧がかったように曖昧になる。

 魔獣という単語を聞いた瞬間だった。

 記憶の淵に何かが引っ掛かる、でも考えてはいけない、思考してはいけない。

 自分におおい被さる黒い影が見える、でも思い出してはいけない。

 顔にかかる赤いもの、動けなくなるから、聞いてはいけない、見てはいけない。


 駄目……怖い、怖いよ、恐怖で頭がおかしくなりそうだ。


『シロシロ大丈夫さねっ!?』

「――――!?」


 呼びかける声に我に返る。

 気がつくと、シェルルがシロウの頬を撫で叩いていた。


『シロシロ、何か悲しいことがあったの?』

「え、いや、そんなことないはずだけど、あれ、涙……?」


 シロウは涙をこぼしていた。

 理由もわからず、ただ心が苦しくて涙を流していた。

 それを小さなシェルルが両手で一生懸命拭ってくれていたのだ。

 シェルルを優しくどかすと自分の指で涙をぬぐう。

 いつものフラッシュバックであった。

 シロウは思う、僕がこんな風になってしまったのはいつからだろうと。


 ――くらぇ!! マッスルカニバァールゥ!!

 ――ハートフルセクシィダイナマイッツ!!


 画面が切り替わり魔法少女達の必殺技が炸裂した。

 そして街に平和が戻り、のどやかにお話が進みエンディングが流れる。

 シロウは無感動にテレビジョンの中で動くキャラクター達を眺めた。

 このアニメを観なくなったのはいつからだろう。

 正義の味方なんて存在しないと気づいてしまったのは……いつからだろう?

 そう、ぼんやり考えるのであった。



 

 約束の時間にカナメが迎えに来てくれた。

 待たしては悪いと出かけるための確認を急いでするシロウ。


「それじゃシェルル、カナメさんと出かけてくるから留守番はお願いね」

『あいあい、ラジャリコなのさ!』

「お腹が空いたら、台所にサンドイッチ置いてあるからそれ食べてね」

『おお、砂糖水は!?』

「ペットボトルで作ってあるから、コップに注いで飲んでね」

『わーい、やったなのさー!!』


 空中で、やったやったと不思議なダンスを踊るシェルル。

 シロウはそのやり取りにまたデジャブを感じた。


「DVDデッキの使い方は大丈夫?」

『ういー! 再生、停止、選択、取りだし、バッチグで大丈夫なのさー!』


 シロウはテレビジョンを見る。

 横にはDVDデッキと初代『魔法少女タフ&クール』のDVDセットが置いてあった。

 1シーズンと2シーズンのフルセットである。

 あの後、朝アニメにハマってしまい、続きを観たい観たいと無茶をいうシェルルに、旧作ならばとしまっておいたDVDを引っ張り出したのだ。

 それは仕事で家を空けがちであった母が、一人留守番をする幼いシロウのために買ってくれた……今となっては形見のような思い出の品である。

 デッキは一年以上は使用していなかったが電源を入れるとしっかりと起動した。

 流石は我らが大日本帝国製だとシロウは大いに満足するが、残念なことに中身は全て海外製部品である。


 DVDがあって助かったとシロウは思った。

 精霊とは人が当たり前と考える常識が通じない存在だ。

 シェルルが一緒について行きたいとごねたら、どんなトラブルが起きるか分かったものではない。 

 幸か不幸か少し生活しただけで、シェルルのトラブルメーカー的な資質を十二分に実感できてしまったシロウ。

 外に一緒に出かけるのは、もっとお互いの事を知る必要があるだろう。


 言っておく事は大丈夫かなとシロウは靴を履いた。

 そして玄関のドアノブをつかんだ時だった。


『シロシロー!!』

「うん、なにシェルル?」


 シェルルの呼びかけにシロウは振り向いた。


『いってらっしゃいなのさ!!』

「あ………………」


 空中で両拳をあげ笑っているシェルル。

 シロウは呆気にとられた。

 それはひどく久しぶりで、どうしようもなく憧れていたものだったから。

 あまりにもあっさりと手に入れてしまい戸惑うシロウ。

 やがて心の底からじんわりとした温かさが、嬉しさが込み上げてくる。

 シェルルとのやり取りに懐かしさを覚えた理由もわかった。

 だから…………。


「いってきます、シェルル」


 シロウは家族に言うように、いってきますをしたのだ。

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