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ひきわり  作者: 夏乃市
第四章 八千穂事件
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八千穂事件 24

 体育館の後ろで鶴牧と距離を取る八千穂の手元へ、ふいに一本の髪の毛が伸びてきた。毅瑠が抱える奥義〈髪逆〉の一本だった。それが剣〈髪逆〉に触れる――と、それまで硬く光っていた剣〈髪逆〉のシルエットがぼやけた。刃面に浮かび上がる幾重にも重なる綾模様――それは〈霊鬼割〉たちの〈魂糸〉を込めた髪で編み上げられた剣〈髪逆〉の本来の姿。そして唐突に、それがほどけた。解けた髪は広がって、八千穂の手の回りに球状に漂う。まるで、何かを待っているかのように。

「!」

 剣〈髪逆〉の中には、小さな剣が収まっていた。毅瑠から受け取った剣とよく似た形の、しかし色の違う、漆黒の石の剣。八千穂は両手に持った二本の剣を縦に重ねた。すると、毅瑠から伸びてきた髪が二本の剣に巻き付いた。それを合図に、一度解けた剣〈髪逆〉を構成する髪たちが、再び剣の形を編み始めた。

 実際にはほんの数秒の出来事――しかし、八千穂には、編み上げられていく一本一本が認識された。それぞれが、八千穂へと繋がる代々の〈霊鬼割〉の〈魂糸〉なのだ。

 そして、最後の一本が巻き付いたとき、剣は新たな形をなしていた。白銀に輝く直刀――

「?」

 八千穂は確かに聴いた。その剣から語りかけられる声を――厳しかったけれど、懐かしいあの声を――

「これで終わりだ!」

 鶴牧が怒声をあげて八千穂に向かってきた。わざわざ近付いてくるということは、〈魂糸〉が大分減ってきているということだ。無理して長く伸ばしたくない――本能的にそう思っているのだ。

 八千穂は新たな白銀の剣を構えた。

「〈神逆〉ね……おばあちゃん」

 怒濤の鶴牧の攻撃を、八千穂は〈神逆〉でさばいた。長さはかつての剣〈髪逆〉と同程度。しかし、まとう力が段違いだった。だが問題もある――力の消耗が早い。二本の剣を繋ぐ〈魂糸〉が、見る見る減っていくのがわかる。急がなければならない。

 鶴牧の攻撃は変化しつつあった。それまで、正面からの攻撃が多かったが、四方八方から〈魂糸〉を仕掛けてくるようになった。腕が上がっている――鶴牧有人は、天性の〈魂糸〉使いのようだ。

 一瞬、鶴牧の攻撃に隙ができた。

「はっ!」

 そこを見逃さず、八千穂は一気に踏み込むと、〈神逆〉を鶴牧の右目へと突き立てた。

「やはりそうか……」

「く……」

 紙一重で鶴牧は八千穂の突きを躱した。そして、逆に一歩踏み込むと、八千穂の顔面にその拳を叩き込んだ。

「がっ……」

 八千穂はもんどり打って体育館の床に転がった。

「狙いは俺の右目か。しかし、それさえわかってしまえば簡単だ」

 頭を振って態勢を立て直した八千穂の眼前に、鶴牧の〈魂糸〉が迫る。八千穂は辛うじて〈神逆〉でそれを避ける。その隙を突いて、鶴牧の拳が再び迫る。

「ははははは! 俺はよ、四年前まで武道の心得なんてなかったんだ」

 殴ると見せかけて、今度は鶴牧の蹴りが八千穂の右脇腹に入った。

「だがな、力に目覚めてからこっち、自分の体が思い通りに動くんだよ。そうだな、あっちの大学の運動部の馬鹿どもを従わせた辺りからだ」

「喰ったな……」

「喰った? まあ、似たようなもんか。俺は、他人の能力を自分のものにすることもできる。でもよ、ほら、俺って紳士だろ? 今更金メダルとか目指そうとは思わないんだぜ。俺が勝つのがわかっていたらつまんねえしよ!」

 人の能力は、ある程度〈魂糸〉の属性に左右されるところがある。それまで運動をしてこなかった鶴牧が、スポーツマンの〈魂糸〉を取り込むことによって、練習をせずにそれを体得するケースも考えられるが――しかし、この鬼は何でもありなのか――

「お前、面白い刀を持っているよな。それを、俺によこすんだ!」

「ふざけるな! お前みたいな鬼は、のさばらせちゃいけない!」

 次の瞬間、鶴牧の掌底しょうていが八千穂の喉に入った。八千穂は息が詰まり、体の自由がきかなくなる。そのままの勢いで、鶴牧は八千穂を体育館の壁に押しつけた。

「終わりだ」

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