八千穂事件 21
〈魂見鏡〉を使って鶴牧を見たとき、〈魂の要〉は確かに右目の位置にあった。八千穂の剣〈髪逆〉は間違いなくそこを貫いた――
「魂の糸……。ふん、なるほど。そういうことか……」
「人の命に手を出すようになったお前は、鬼だ」
「鬼? では、お前はなんなのだ」
「私は〈霊鬼割〉だ。鬼を狩る者」
「ふん。俺には、俺もお前も同じに思える。まあ、どうでもいい。生き残るのはどちらか一方……そういうことだな?」
「……」
鶴牧の〈魂糸〉による攻撃が始まった。八千穂は応戦するが、剣〈髪逆〉が短くなっているために分が悪い。しかも、体育館中の人間に繋がっている髪が、ここに来て邪魔になっている。
奥義〈髪逆〉を解いてしまえば良いのだろうが、それをやると、後々生徒や教職員を施術するときまで、彼らの〈魂糸〉の麻痺が維持できるかどうかがわからない。それができなければ、この作戦は成功したとはいえないのだ。しかし、鬼が施術できなければ、そもそも成功がない――
毅瑠はポケットから袱紗にくるまった〈神逆左の剣〉を取り出すと、袱紗を開いた。白く輝く小さな剣を右手に握る。
〈夢飼い〉――自分にはその才能があるという。これを〈魂の要〉に突き立てればその力が手に入る。八千穂と共に生きると決めたのだ。今こそ、その力が必要なときだ――
昨日〈魂見鏡〉で自分の〈魂の要〉の位置は何度も確かめた。毅瑠は〈神逆左の剣〉を自分の左胸にあてると、力を込めて突き立てた。
「がっ……」
痛みで毅瑠は膝を付いた。手が僅かで止まる。夏服の胸に血が広がった。
弦悟に厳重に注意されていたことがある。この〈神逆左の剣〉を〈魂の要〉に突き立てるのは〈霊鬼割〉、つまりは八千穂でなければならない。そうでなければ、体を傷つけずに〈魂の要〉だけを貫くことはできない――
しかし、現状で八千穂にその余裕はなかった。そして、一瞬の猶予もない。毅瑠は自らそれを行うことにした。怪我は――あとから治せばいい――
〈神逆左の剣〉はどれくらい入ったか――まだ届かないか――痛みに耐えながら毅瑠がそう考えたとき――衝撃が走った。
頭の上から、下まで、体中の〈魂糸〉に走る閃光。かつて八千穂に施術をしてもらったときの数百倍の感覚――体中の知覚が解放し、光や、音や、感触が痛みとなって毅瑠を襲う。あまりの痛みに、毅瑠は左胸から〈神逆左の剣〉を抜いた――そして――唐突にそれは終わった。
毅瑠は辺りを見渡した。
舞台上では、八千穂と鶴牧の攻防が続いている。〈魂糸〉と剣〈神逆〉の鍔迫り合いが行われている。
世界は――毅瑠の見る世界は、姿を変えていた。〈魂見鏡〉を使っていなくても〈魂糸〉が見える。そして、それを操ることができる確信が、毅瑠の中にあった。操れるなら――
「チホ!」
毅瑠は立ち上がると、八千穂へと駆け寄った。
「毅瑠?」
「生徒たちの分を俺によこせ!」
説明している暇はなかったが、八千穂は毅瑠の意図を悟ったようだった。剣〈髪逆〉を振るうと、自らの髪をばっさりと切り落とした。
毅瑠は八千穂が切り落とした髪の束を左手で掴むと、右手の〈髪逆左の剣〉を八千穂へと投げた。
「〈かみさか〉はそれで一対だ!」
八千穂はそれを受け取ると、二刀で剣を構えた。