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ひきわり  作者: 夏乃市
第四章 八千穂事件
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八千穂事件 20

 六時間目に合わせて登校した八千穂は、体育館の外で様子を伺っていた。そして、鶴牧が大量の〈魂糸〉を使う気配を察すると、体育館に飛び込んだ。

「やめろ!」

 八千穂は全身全霊を込めて奥義〈髪逆〉を放った。自らの髪一本一本に〈魂糸〉を込めて無数の槍となす〈霊鬼割〉の奥義。それを、鬼に向けてではなく――鬼と毅瑠以外の全員に向けて放った。

 鬼――鶴牧有人が驚いた顔でこちらを見た。しかしその〈魂糸〉は過たず毅瑠を捉えている。〈魂糸〉を引きずり出されるまではいっていないが、一手でかなり刻まれたようだ。

 八千穂は唇をかむと、体育館の中を駆けた。長く伸びた髪の一本一本が、体育館中の人間の〈魂の要〉を貫いている。その髪を引きずり、それでも風のような速さで八千穂は駆けた。鬼の元へ――毅瑠の元へ――

「神坂……何だこれは」

 舞台に飛び上がった八千穂に、鶴牧が質した。

「今お前がやっていることを、ここにいる全員が目撃している」

「?」

 そう――鶴牧の〈魂糸〉が見えていないのは、今この場では鶴牧と毅瑠の二人だけだった。奥義〈髪逆〉に貫かれた全員が、一時的に体が麻痺し、一方で〈魂糸〉が見えるようになっている。鶴牧の体から飛び出した醜い〈魂糸〉が、毅瑠を攻撃している様が見えるようになっている。

 八千穂は長く引きずった髪の中から、剣〈髪逆〉を取り出した。以前の三分の一程度の長さと太さしかなかった。たった今奥義〈髪逆〉に使った〈魂糸〉は、八千穂自身の〈魂糸〉ではなく、剣〈髪逆〉を形作っていた神坂家代々の〈霊鬼割〉の〈魂糸〉だ。八千穂が命を削ることなく毅瑠の作戦を実行する――これがその答えだった。

 八千穂は小さくなった剣〈髪逆〉を振り抜いた。毅瑠を捉えていた鶴牧の〈魂糸〉が切れる。

「チホ! 右目だ!」毅瑠が叫んだ。

 八千穂は躊躇することなく、鶴牧へと踏み込むと、その右目に剣〈髪逆〉を突き立てた。

 通常の人間は胸の付近に〈魂の要〉を持つ。しかし、鶴牧のそれは右目の位置にあった。生まれつきなのか、それとも何かの拍子にそうなったのかはわからない。始業式のとき、八千穂が剣〈髪逆〉で貫いたにも拘わらず鶴牧の〈魂糸〉が麻痺しなかったのは、位置が違ったからだった。今回は、毅瑠が事前に〈魂見鏡〉で確認する手はずになっていた。

「やった」毅瑠が小さく呟いた。

 八千穂はそのまま施術をするべく、左手を鶴牧の額へと伸ばした。そのとき――

「ふざけるな……」

 鶴牧の右手が、八千穂の左手を掴んだ。

「?」

 八千穂は慌ててそれを振り払うと、剣〈髪逆〉を抜いて飛び退った。

 鶴牧はしばらく自分の右目を検分していたが、異常がないことを確認すると、八千穂を睨み付けた。睨み付けて――その目が驚愕に見開かれる。

〈魂糸〉が見えなくても、奥義〈髪逆〉で伸びた髪は目に映る。しかし、この驚きはそれを見たためではなさそうだった。鶴牧は自分の手を見つめ、そして体育館中を見渡した。

「なんだ……これは。なんだ? これは!」

「〈魂糸〉だ」

 八千穂が呟いた。

「たまいと?」

「魂の糸。命そのもの。お前が操っていたものだ」

 今度こそ〈魂の要〉を貫いたにも拘わらず、鶴牧の〈魂糸〉は麻痺しなかった。しかし、〈魂糸〉は見えるようになったらしい。

 やっかいなことになった――八千穂は小さくなった剣〈髪逆〉を構えて、唇をかんだ。

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