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ひきわり  作者: 夏乃市
第四章 八千穂事件
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八千穂事件 19

 生徒集会は無難に始まった。

 毅瑠が司会としてマイクを握り、予定通りに進行していく。十五分ほどですべての連絡を終えた。ざわざわと、体育館の中を喧噪が満たす。これで終わりだと思った多くの生徒が、帰れると思い浮ついていた。

 舞台上に揃っていた生徒会役員たちが、舞台袖に引き上げた。マイクを握った毅瑠だけが残っている。

「学園中が一同に介しているこの場をお借りして、皆さんに提案があります」

 毅瑠の言葉に、体育館のざわめきが大きくなった。何が始まるのか興味津々で見つめる者半分、面倒なことはごめんだと嘆息する者半分、といったところだ。

 毅瑠はマイクを持ったまま、舞台縁ぎりぎりまで歩み出た。体育館内をゆっくりと見回し、職員席の一番後ろに座るその人物を見つけた。

「鶴牧先生」

 毅瑠の呼びかけに、鶴牧は驚いたような顔をした。体育館中の視線が鶴牧へと注がれる。

「なんだ?」

「舞台上へお願いできますか?」

「……」

 鶴牧は躊躇したが、雰囲気に流された形で、しぶしぶ舞台へと上がった。

「鶴牧先生。生徒会書記の向井毅瑠です」

「知っている」

 鶴牧は訝しげにしているが、決して警戒はしていない。自分のサプライズ歓迎会でも開かれると思っているようだった。

 毅瑠は鶴牧を舞台中央まで誘い、その脇に立った。そして、生徒たちへと目を向けると、高らかに言った。

「私は、この鶴牧有人先生の免職を提案いたします!」

「な……!」

 鶴牧は驚きの声をあげたが、体育館は水を打ったように静かになった。

「昨日、鶴牧先生は、あろうことか一生徒の退学を名指しで提案し、生徒たちを煽るという愚を犯しました。これは、教師としてあるまじき行為であるばかりか、人としてもあるまじき行為です」

 毅瑠は声を張り上げた。鶴牧は毅瑠を見据えて真っ赤になっている。

「今日は、学校長をはじめとする学園中の先生方、職員の皆さんにも集まっていただいています。今ここで決議を下せば、鶴牧先生を免職にすることは可能です。ですから私は、ここに提案いたします。鶴牧有人をやめさせろ!」

「ふざけるな!」

 鶴牧が憤怒の表情で毅瑠のマイクを奪い取った。

「ふざけていません」毅瑠は無表情で返す。

「冗談じゃない! こんな侮辱を受けたのは生まれて初めてだ」

「そうですか。どんな感じですか?」

「なに?」

「神坂さんも、あなたに侮辱されたんですよ」

「あれは! あのガキが先に手を出したんだ!」

 鶴牧の言葉は震えていた。毅瑠は何気ない仕草で〈魂見鏡〉を取り出し、右目にかけた。しかし、そのことにさえ気が回らないほど、鶴牧は激昂していた。

「あのガキは、俺に刃物を向けたんだぞ!」

「刃物ですか? それが本当なら、先生は生きていないでしょう? 冗談はやめてください」

「冗談じゃねえ」鶴牧は毅瑠の胸ぐらを掴んだ。「ぶっ殺すぞ!」

「穏やかじゃありませんね。それだけでも、免職に充分だ……」

 がつん、という鈍い音がして毅瑠が飛んだ。鶴牧の拳が毅瑠の頬を捉えたのだった。〈魂見鏡〉が飛び、舞台袖まで転がる。毅瑠は頬を抑えながら立ち上がった。

「今度は暴力ですか……皆さん見たでしょう? こいつは教師にはふさわしくない! 先生方もご覧になったはずだ!」

 しかし、毅瑠のその声に反応する教師はいなかった。生徒たちが怯えた目で舞台上を見上げている。

「無駄だ。教職員は俺の言いなりだ」

「?」

「お前も馬鹿だな。俺を怒らせるとどうなるか、思い知らせてやる」

〈魂見鏡〉は舞台袖まで転がっていってしまった。しかし、毅瑠には、鶴牧が〈魂糸〉を使おうとしているのがわかる。これは能力以前の、本能による察知だ。

「死んでしまえ!」

 鶴牧が叫んだ瞬間――体育館の入り口の扉が勢いよく開いた。

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