八千穂事件 17
俺の名は鶴牧有人。
ここ涼心学園高校は俺の三校目の職場だ。前の二校で、俺は優秀な教師だった。生徒たちにも人気があり、同僚からの信頼も厚い。父兄の評判も上々。俺を悪く言ったり、逆らったりするような奴はいなかった。そういう奴らは、力で強制的に従わせてしまったのだから――
四年前の夏、アメリカ留学の最中暴漢に襲われた俺は、危うく命を落とすところだった。暴漢が俺に拳銃を突きつけたのだ。しかし、その暴漢はなぜか、唐突に銃口を自らのこめかみにあてて引き金を引いた。命が助かった安堵と、目の前で脳漿が飛び散った衝撃で、頭の中が真っ白になったのを覚えている。
それが、俺の力の最初の発現だった。俺の力――睨み付けた相手を俺に従わせる力だ。
元々俺の目は人を虜にする魔眼だった。それが、命の危機に際して、特別な力を得たようだった。いろいろ試した結果、俺に睨まれた相手は、俺に対して反抗できなくなるという結論に達した。最初の奴が、俺の「死ね」という意識に反応したように感じたので、人を意のままに操れるようになったのか、とも思ったが、さすがにそこまではできなかった。命の危険に晒されたあのときは、特別だったのかもしれない。
当初は、力を使うと非常に体力を消耗した。しかし、慣れてくるとそれもなくなり、それどころか、力を使うと体力が溢れるようにすらなった。まるで相手の体力を吸い取ってでもいるように――いやいや、俺は吸血鬼ではない。
留学が明ける頃には、俺は自分の力を見極めていた。もう俺に敵はいなかった。どんな奴でも、俺がひと睨みすれば震え上がり、俺に逆らえなくなるのだから。怯えた人間を意のままに操るのは簡単だ。怯えさせた先には、特別な力などいらないのだ。
しかし、俺は特段権力志向が強いわけではない。分別のある大人だ。復帰した大学でまじめに教員の資格を取り、社会人となった。なぜかって? 俺は子供が好きだからだ。他に理由がいるのかい? ふふふふふ。もっとも、公立の学校にちまちまと勤めるのも面倒だったので、俺は私立高校の非常勤の口を探すことにした。
やってみて初めてわかったことがある。女子高生にかしずかれるのは気持ちが良いものだ。産休の代替教員は、長くても半年程で学校を去る。俺は支配を堪能し、爪痕も残さずに学校を去る――くくくくく……俺はなんと欲なき男か! 綺麗どころの女子高生を集めたあの一夜を、何の惜しげもなく捨てることができるのだから。ふふふふふふ。ははははははははは……
しかし、三校目のこの涼心学園高校で、奇妙な奴が現れた。俺が力を使おうとしたとき、そいつは飛び出してきた。
神坂八千穂。
奴は、真っ黒な剣のようなものを俺の胸に突き立てた――そう見えた。しかし、怪我がなかったばかりか、跡も残っていなかったことが解せない。あれは幻だったのか――奴も俺と同じように、何らかの力を持っていて、それが剣という形を見せているということも考えられる。それとも、俺が神に一歩近付いたということだろうか。
問題は、奴が俺の力の正体を把握しているようだ、ということだった。気付いて飛び出してきたということは、それをどうにかできる力がある、ということだ。これは少々やっかいだ。これからの人生のためにも、奴の排除は必須事項だ。
もっとも、簡単に退学にして終わらせるつもりなどない。晒し者にし、ゆがみ泣き叫ぶ姿を堪能しなければ気が済まない。なあに、上手くいく。俺は、俺を敵視する連中の攻撃を、物心ついた頃からずっと上手くいなしてきた。だから今回も大丈夫だろう。そしてなにより、奴を退けたとき、きっと俺は更なる段階へとレベルアップすることができるに違いない。新たなる力を得るに違いない。
それこそ、世界をも跪かせるような力を――




