テレパシー事件 8
翌日の放課後。
生徒会室へと向かう綾音の足取りは重かった。
商店街で見たものは何だったのか、それをもんもんと考え、昨晩は一睡もできなかった。
神坂八千穂の登場は、あまりにもタイミングが良すぎた。生徒会と無関係だとは思われない。それに、あの現れて消えた右の三つ編み。さらには真っ黒な剣。今朝、登校時に八千穂を見かけ、急いで背後に回ってみたが、いつも通り三つ編みは左の一本だけだった。
加えて、登校した綾音は、クラス中からもみくちゃにされた。昨日中に、クラスメイト全員に生徒会から聞き取り調査が行われたらしいのだ。誰もが、生徒会に引き受けさせた綾音を賞賛した上で、マスコット人形が何か関係あるのか? という質問を浴びせた。今日一日で、今回の事件はマスコット人形が原因なのではないか、という空気が二年C組内に醸成されつつあった。
内の悩みと外の悩みで、綾音は疲労困憊していた。疑問が解消されれば少しはすっきりするのだが、昨日の様子だと、毅瑠にはまた色々とはぐらかされてしまうような気がした。――正直、気が重い。しかし、それでも帰るわけにはいかず、綾音は生徒会室のドアを叩いた。
「あら、乙蔵さん。いらっしゃい」
生徒会室にいたのは夏目だけだった。
「向井君まだ来ていないのよ。少し待っていてくれる?」
「はい……」
綾音は、手近なパイプ椅子に腰を下ろした。
「あの……戸時先輩?」
「なあに?」
「神坂さん……」
「え?」
書類に目を落としていた夏目が顔を上げた。
「神坂八千穂さんは、生徒会に関係しているんですか?」
「神坂さんて、どんな子だったかしら」
「おさげが一本だけの子です。一年F組。背が高くて、スタイル良くて、美人で、でも笑わなくて、いつも文庫本を読んでて……」
「おさげが一本?」
「男の人に切られたとか、失恋して自分で切ったとか、右は生えてこないとか……それから……」
「それから?」
「四月の〈銅像生け贄事件〉の、実は犯人じゃないか……とか……」
ぱんぱん、と手を叩く音がして、綾音は我に返った。いつの間にか夏目が傍らに立っていた。綾音を見つめるその目が少し悲しげだ。
「あ、あの……」
「何があったか知らないけれど、神坂さんはいい子よ」
「先輩、知って……」
「ふふふ、ごめんなさい。乙蔵さんの意見を聞いてみたかったの」
ふわっ、と背後に回った夏目が綾音を抱きしめた。いい香りがする。
「髪型とか、普段無口だからとか、そういうことだけで誤解されるのって、悲しいことだと思わない?」
「……はい」
「何かあなたが理解できないことがあったら、憶測で決めつけたりしないで、直接聞いてご覧なさい。本人にしかわからない理由があるかもしれないでしょ?」
「はい」
生徒会長はさすがだなあ、と綾音は思った。自分と一歳しか違わないとは思えない。綾音は目を閉じて、抱きしめられる心地良さに身を委ねた。――だから、夏目の手の動きを見逃した。
「生徒会長ってだけで、品行方正な優等生だと思われるのも悲しいわよね」
「え?」
夏目の手が無造作に綾音の胸を掴んだ。
「あら、おっきい」
「○△■×〜!」
綾音はパイプ椅子から飛び退いた。
「な、なななな……、なんですか――!」
笑いながら肩を竦めて、夏目は書類仕事に戻っていった。
「ああ、質問に答えてないわね。いい? この学園に、生徒会に関係のない生徒なんていないのよ」
綾音は胸を抑えて椅子に座り直す。夏目の模範解答が、さっきと違って薄っぺらに聞こえるのは何故だろう。悩み事はどこかに行ってしまい、切迫した身の危険だけが頭の中を占める。――しかし、目の前の夏目は、いつものまじめな生徒会長に戻っていた。
「ふふ……ふふふふ……」
綾音は急に肩の力が抜け、つい笑ってしまった。笑い出したら止まらず、お腹を抑えながら悶え続けた。
夏目は、そんな綾音を放っておいてくれた。