八千穂事件 14
「男の人ってダメね」
八千穂が飛び出していったのと入れ違いに、七穂が現れた。手の中の盆には、人数分の湯飲みが乗せられている。
「何を言っているんだ」と弦悟。
「だから、男の人は頭が固くてだめだって話です」
「それは俺のことか?」
「二人ともよ」
弦悟と毅瑠は顔を見合わせた。
湯飲みを配り終えた七穂は、自分もテーブルについた。そして、湯飲みに口を付ける。七穂の意図が読めない男二人も湯飲みに手を伸ばす。しばし、奇妙な沈黙が訪れた。
「あなた、本当に八千穂のことを考えてやっていますか?」
「当たり前だ」
「少しでも長生きするのがあの子の幸せ?」
七穂は、ここまでの会話をしっかり聞いていたらしい。
「当然だ」
「そうかしら。私にはそうは思えません。大切なのは、どれだけ長く生きたかではなくて、どれだけ幸せに生きたかだと思います」
「寿命が短くなったら幸せもくそもない」
「程度問題でしょ。今すぐ命が尽きるとか、逆縁の不幸になるとか……それは困るけれど、たとえば八十年の人生が六十年になって、その方が八千穂が幸せなら、それはいいと思うんです」
「……」
「八千穂の意志を尊重した上で、可能な限りの次善策を手伝ってやることはできないんですか?」
弦悟は言葉を失い、腕組みをしたままそっぽを向いた。
「向井さんもよ」
「はあ」
「あなたが八千穂を好きでいてくれるのは嬉しいわ。あの子も喜んでいる。でも、あなたの提案は正論だとしても、唐突で、極端だわ」
「唐突ですか?」
「そうよ。話の持って行き方次第で、同じ結論でも心証が違うの」
七穂は含み笑いをしながら弦悟を見た。
「いい? この人は向井さんに焼き餅を焼いているのよ。娘を突然脇から取られちゃった気分なんだわ。だから、あんなに強硬に反対するの」
「おい!」弦悟が声をあげる。
「なんですか?」
「いや……」
「向井さん。あなた、もっと周りを頼った方が良いわ。あなたは頭が良くて、導き出す結論も正しいけれど、でも、それだけじゃあダメなのよ」
「随分と頼っているつもりですが……」
「あなたはそのつもりでも、肝心なところは背負い込んじゃっているわ。今、世界にはあなたと八千穂しかいないと思っていない? 二人の幸せは、二人にしかわからないと思っていない? 〈霊鬼割〉の真実は、二人にしかわからないと思っていない?」
「……」
「二人の命をまとめて、一つにして、また分ける。命って、そんな計算でどうこうしていいものじゃないわ。均等にしたから良いという問題でもない。でも、その気持ちは充分すぎるくらい伝わったわ。八千穂にも、私にも、この人にも。そして、神坂家のご先祖にもね」
「え?」
「しょうがないな」弦悟が絞り出すように呟いた。「俺は入り婿だ。神坂神社の決定権は、七穂、お前にある」
「あら、まるで私に言われて嫌々……みたいなおっしゃりようですね」
「その通りだろ?」
「八千穂のためです。なのに、そんな野暮なことをおっしゃるんですか? 私たち二人の娘でしょ?」
「そうだな」弦悟は一つ大きく息を吐くと、すっくと立ち上がった。「向井君。付いてきたまえ」