八千穂事件 13
毅瑠の提案はこうである。
まず、全校生徒と可能な限りの教職員を一同に集める。もちろん、鬼である鶴牧有人もだ。そして、毅瑠が鶴牧を挑発する。挑発された鶴牧が〈魂糸〉を使った瞬間、八千穂が奥義〈髪逆〉――八千穂の髪の毛一本一本に〈魂糸〉を込めて武器とする業――で、その場にいる全員の〈魂の要〉を貫く。〈魂糸〉が麻痺する一方で、全員が〈魂糸〉を見ることができるようになる。それは、鶴牧が何をしようとしているのかを目撃することを意味する。そして、八千穂の髪に貫かれるということは、八千穂と繋がるということ。八千穂が鬼の施術を行えば、その意義も同時に理解してくれるのではないか――。鶴牧を施術した後は、鶴牧に〈魂糸〉を傷つけられた者の施術も行う。
それは、八千穂が考えも及ばなかった規模の作戦だった。しかし、可能性はある。可能性はあるが――問題もある。
なんと答えたら良いか迷っている八千穂を見て、弦悟が口を開いた。
「それを行うために、八千穂がどれ程命をすり減らすのか……君はわかって言っているのか? それに、真実を目にしたからといって、全員が八千穂を理解するとは限らない。私は反対だ。涼心学園に通えなくなるというなら、転校すれば済むことだ。私は親として、娘が命を無駄にすり減らすのを見過ごすことはできない」
「無駄ではありません。それに、こんな提案をするからには、俺にも相応の覚悟があります」
「覚悟?」
「俺の〈魂糸〉を使います。チホが使った分は、俺から補えばいい」
「毅瑠?」
「別に命を捨てようって話じゃない。作先輩と力先輩のときと同じにしよう。二人の命を足して、半分ずつにしよう」
「随分と勝手な話だな、え? 誰が聞いても、君の独りよがりだ。反論できるかね?」
「そう思われるだろうことは、予想していました。でも、独りよがりではありません。チホは……賛成してくれると思います」
「何故そんなことが言い切れる?」
「チホのことが好きだからです」毅瑠はきっぱりと言い切った。「俺は……チホと一緒に生きていきたい。今、二人は同じ方向を向いていると信じています」
八千穂は絶句した。今毅瑠が言っている〈好き〉は、綾音や夏目を好きな〈好き〉とはちがう〈好き〉――
弦悟は苦虫をかみ潰したような顔をした。
「……それでも、私は反対だ。剣〈髪逆〉を見られてしまったというなら、早急に鬼の施術だけをして学園を去るべきだ。……望むなら、チホがあの学園に通っていなくても、付き合うことは可能だろう。好きだからこそ、そういう選択をするべきではないのかね?」
「違う」八千穂が小さく呟いた。
「八千穂?」
「私も毅瑠が好き。一番好き。この好きは、きっと特別だと思う。でも、綾音も夏目も、他のみんなも、クラスメイトも、先生たちも……好きの大きさは違うけど……好き。私はあの学校が好き。今日は酷い目にあったけど……あれは鬼のせい。学校をあんなふうにした鬼を許せない。〈霊鬼割〉の力は、確かに私の命を繋ぎ止めているものだけど、そのためにしか力を使わないのなら……私は鬼と同じ」
八千穂はまっすぐ弦悟を見た。
「だから、たとえ私の〈魂糸〉が減ったとしても、私はみんなを助けたい。その方法があるなら、〈霊鬼割〉にそれができるなら、毅瑠が一緒にやってくれるなら……。それでも、やっぱり学校に通えなくなったら、そのときは諦める」
「ダメだ! わがままを言うな」
「お父さん! 私の命よ」
「……どうしてもと言うなら、条件がある。私の〈魂糸〉を使いなさい」
「……」
それは反則だ――八千穂は思った。そんなこと、できるわけがない。
毅瑠はというと、鉛を飲み込んだような顔をしている。
八千穂は頭が真っ白になり、居間を飛び出した。