表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひきわり  作者: 夏乃市
第四章 八千穂事件
82/106

八千穂事件 7

「あら、向井さん。いらっしゃい」

 七穂の言葉に、毅瑠は反射的に謝ってしまいそうになった。この度は、八千穂さんが停学になるようなことになり云々(うんぬん)――しかし、さっきの綾音の言葉を思い出し、辛うじてそれは思い止まった。

「夏休み中はお世話になりました」

「どういたしまして。いつでも、遠慮なく使って頂戴」

 生徒会の面々は、夏休み中、広くて涼しい神坂家の居間を、第二の生徒会室として便利に使わせてもらっていたのだ。

 七穂の笑顔に送られて、毅瑠と八千穂は、八千穂の自室へと入った。テーブルに二枚の座布団が敷かれている。毅瑠は、さっきまで綾音が座っていただろう座布団の上に腰を下ろした。

「昨日今日とどうしていた?」

「正門の外で見張っていた」

「学校のか?」

「そう」

 例の鬼――鶴牧有人による被害者がいないかどうか、それを見張っていたのだという。毅瑠は自分が悩むことで手一杯で、まるで気が付かなかった。

「よく、ばれなかったな」

「綾音にはばれた」

 なるほど。生徒会室を飛び出した綾音が、学校を出たところで八千穂を見つけた、ということだったようだ。

「それで? 被害者はいたか?」

 八千穂は首を振った。

「そうか。ここ二日、俺も生徒たちには気を配っていたが、特に問題はなかった」

 もちろん、毅瑠は〈魂見鏡〉で鶴牧を見た。なんとも醜い〈魂糸〉だった。あまりの醜さに、既にどれが本人の〈魂糸〉なのかわからなくなっていた。

「〈魂の要〉どこにあった?」

「どこって?」

 八千穂は、鶴牧を〈髪逆〉で貫いたときのことを話した。胸にあるはずの〈魂の要〉――その手応えがなかったこと。

「……すまん。わからない。そんなこと考えても見なかった。明日、もう一度確認してみるよ」

「そう。あの鬼はだいぶ手強そう。充分に準備をして臨まないと」

 鶴牧を施術する算段をする八千穂を見て、毅瑠はつい口走ってしまった。

「ごめんな」

「なに?」

 綾音は言った。八千穂は毅瑠を信じている、と。だから、これ以上のことは言ってはならない――たとえ毅瑠の心がその重さに耐えられなくなっても、それを八千穂に投げてはならない――

「いや……、昨日、電話に出られなくてごめんな。ねちゃっててさ」

「別にいい。それよりも施術」

「そうだな」

 毅瑠は八千穂の顔を見た。鬼について語っているというのに、その表情は随分と穏やかだった。初めて会った頃の無表情とは雲泥の差だ。

 今、初めて多くの仲間に囲まれた八千穂は、そちらに針が振れているのだ。〈霊鬼割〉の重さより、仲間の重さが勝っているわけではなく、乗せたばかりで、天秤がそちらに傾いているだけなのだ。なにより、〈霊鬼割〉の重さは本人の命の重さだ。時が経てば、バランスが取れる――取れるはずだ。だから、それまでの間、誰かが支えてやらなければならない。

 毅瑠は思う。俺がひとりで――と思うのは、きっと思い上がりなのだろうと。でも、なんとかこの危機は切り抜けてやりたい。明日には八千穂の停学が明ける。登校した八千穂に対し、生徒たちがどんな反応をするかはわからないが――でも、守ってやりたいと思う。

 なにより、八千穂の行動は、生徒を想ってのものだったのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>現代FTシリアス部門>「ひきわり」に投票
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ