テレパシー事件 7
「うちの生徒に見られた?」
その日の夜。毅瑠は八千穂と電話で話をしていた。
「で、誰に見られたって?」
『今日、毅瑠が渡り廊下で一緒にいた人。大きなバレッタをしてる……』
「バレッタ?」
『髪留め』
「乙蔵さんか……」
毅瑠は、綾音と別れてすぐ、秋山彰子の連絡先を調べ――生徒会は生徒に関する多くの情報を持っている――小論文の件の聞き取り調査と併せて、マスコット人形を売っているという露店の場所を訊いた。そして、その調査を八千穂に依頼した。その報告を聞いているところだった。
二人の予想通り、元凶は人形を売っていた女子大学生だった。八千穂はその女子大学生を施術したという。そして、その様子を乙蔵綾音に見られたというのだ。
「乙蔵さんのことはともかく、鬼は施術したわけだから、半分は解決だな」
『でも、次が出てくる可能性がある』
「秋山さんか?」
『そう。大学生の代りに、秋山って生徒が、他の生徒の〈魂糸〉を切ったのだと思う』
「このまま終われば良いが、秋山さんがその大学生と同じになってしまう可能性もあるわけだ」
『ある』
「そうすると、二年C組の生徒全員に施術が必要だな」
『大変』
「そうだな」毅瑠は小さく笑った。八千穂が弱音を吐くのは珍しい。しかし、一クラス丸々の施術、しかも可能な限り気付かれずに、というのは、八千穂でなくても頭を抱えたくなる。
「それは、なんとか俺の方でも方法を考えてみるよ。秋山さん以外もやってくれるよな?」
『やる』
「ありがとう」
『何故?』
「うん……二年C組に代わってのありがとう、かな」
『……』
「一人につき、どの程度の時間が必要だ?」
『鬼に接触した人以外は、そんなにいらない。一呼吸くらい』
「詠唱は?」
『あれは形式だから、やらなくても平気。私の気分の問題』
「じゃあ……握手会でもするか?」
受話器の向こう側で、八千穂が小首を傾げた様子が伺えた。
「右の三つ編み……顕現させないってわけにはいかないんだよな?」
『私の意志ではどうしようもない』
「後は……乙蔵さんか。どう説明するかな――」
『どんな人?』
「ん? 乙蔵さん? サドだな」
再び、八千穂が小首を傾げたようだった。
『毅瑠。サドって何?』
「……いや、すまん。冗談だ。忘れてくれ。……間違っても、小母さんに訊いたりするなよ!」
『?』
「……で、乙蔵さんだよな。普通の子だよ。でも、クラス委員を任されるくらいだから、しっかりした子だと思う」
『信じられる?』
「そうだなあ……。今日、生徒会で事件の話をしたとき、道生が彼女に質したんだ。本当に不正はしていないのか? って。そのとき、彼女は一言『していません』とだけ答えた。まっすぐ道生の目を見てね。……だから、信じられる子だと思うよ」
『なら、本当のことを話すのが良いと思う』
「いいのか?」
『毅瑠の判断に任せる。でも、見てしまったのなら、嘘はすぐにばれると思う。だから、毅瑠のときも私は話した』
「俺が信じられると思ったのか?」
『……』
八千穂の沈黙は正直だった。毅瑠は電話口で苦笑した。
「そうだな。乙蔵さんにはちゃんと説明する必要があるかもしれないな」
――少しだけ、途方もない話を。