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ひきわり  作者: 夏乃市
第四章 八千穂事件
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八千穂事件 1

 九月。

 始業式に集まった涼心学園高校りょうしんがくえんこうこうの生徒たちは、夏休みの余韻を引きずっていた。

 ざわざわと落ち着かない体育館の片隅で、生徒会の面々が勢揃いし、出番を待っていた。生徒会長戸時夏目(とときなつめ)を筆頭に、生徒会副会長縁田太一(えにしだたいち)山瀬道生やませみちお、書記の木谷希奈きたにきな向井毅瑠むかいかたる、会計の水村作みずむらさく、事務員の水村力みずむらりき神坂八千穂かみさかやちほだ。二学期は生徒会が関わる行事が多い。始業式の式次第が終了した後、生徒会から体育祭と文化祭についての説明が予定されているのだ。

 舞台上では校長先生の話が終わり、夏休み中に行われた部活動の各種大会の結果報告が行われていた。真っ黒に日焼けした生徒たちが舞台上に整列し、進行役の教頭先生が順番に結果を発表していった。

「さて、この後は生徒会ですが、その前にお知らせがあります」紹介された生徒たちが舞台上から下りると、教頭先生が言った。「英語科の山科やましな先生が産休に入られました。代りに、新しい先生がお見えになりましたので、この場でご紹介します。鶴牧つるまき先生、舞台上にお願いします」

 促されて、二十代半ばの細身の男が舞台に上がった。少し色を抜いた柔らかそうな髪を持ち、端正な顔立ちをしている。一部の女子生徒の間からため息が漏れた。

「ただいまご紹介にあずかりました鶴牧有人つるまきありひとです。担当は英語です。山科先生が戻られるまでの短い間ですが、仲良くやりましょう。よろしくお願いします」

 にっこり笑う鶴牧に、さらに黄色い声があがる。「かっこいー」「こっち向いて」「彼女いますかー」などの声に、男子生徒のやっかみが混じる。

「はい、静かにして。シャーラップ。これから生徒会からの連絡があるからね」

 鶴牧はオーバーアクションで手を広げてそう言うと、踵を返した。騒いでいた生徒たちも、潮時と見て静まり返る。しかし、タイミングのずれた声が一つ、静かになった体育館に響いた。

「何がシャーラップだよ。きもっ」

 言葉を発した男子生徒は、意外に響いてしまった自分の声に驚いている。鶴牧も聞こえたらしく、舞台上隅で足を止めた。居心地の悪い沈黙が体育館を支配する。

「はいはい。それじゃあ、生徒会からの連絡を始めるわね」

 絶妙のタイミングで、マイクを持った夏目が舞台上に飛び出した。体育館全体がほっと息をつく。それで終わるはずだった。しかし――

「ちょっと待て」

 舞台上から退きかけていた鶴牧が、中央へと戻り、夏目を制した。

「え?」

「今、言った奴誰だ!」鶴牧は舞台の縁まで出ると、生徒たちを見渡した。

 鶴牧の予想外の行動に生徒たちは動揺した。その動揺は、声の主に目を向けるという行動で現れた。だから、自然、発言の主が誰なのかが鶴牧に知れることとなった。

「お前か……」

 鶴牧の視線は、ひたと当該の生徒に向けられた。二年生の男子生徒だった。

「今日は最初だからな。はっきりさせておいてやる。俺に逆らったり、俺を馬鹿にした奴がどうなるか」

 そのとき、八千穂は舞台袖にいた。微妙な空気を感じ取った夏目が先に飛び出したため、他の面々は、出て行くタイミングを伺わざるをえなくなっていた。

「やばいな。止めないと」

 太一が舞台に飛び出した。鶴牧が悪口を言った生徒を殴ると思ったに違いない。しかし、鶴牧が舞台から下りる気配はなかった。

「?」

 唐突に、八千穂の背筋を悪寒が走った。嫌な気配が舞台上に溢れる――これは――

「チホ?」

 八千穂の異変に気付いた毅瑠が声をかけた。

「鬼だ」

「え?」

 八千穂の呟きに、毅瑠の顔色が変わる。

「みんなもよく見ろ。そいつがどうなるかをな」舞台上で鶴牧が叫んだ。

 八千穂は周囲を気にする余裕なく〈霊鬼割ひきわり〉の力を解放した。一瞬で右の三つ編みが顕現し、その目に、鶴牧の体から伸びた〈魂糸たまいと〉が飛び込んできた。それは、くだんの男子生徒目がけて一直線に伸びている。

「だめだ」

 毅瑠がそう言ったのが聞こえたが、体が反応していた。

 八千穂は右の三つ編みの中から剣〈髪逆かみさか〉を引き抜くと、舞台上に飛び出した。鶴牧の〈魂糸〉を一刀両断し、返す刀を鶴牧の胸元へと向ける。剣〈髪逆〉は、鶴牧の胸を深々と貫いた。

「なんだ? これは」

 痛みがないためか、鶴牧は意外に冷静だった。いや、虚を突かれて、感情が対応しきれなかっただけかもしれない。

「?」

 そしてなぜか、〈たましいかなめ〉を貫いたはずなのに、鶴牧の〈魂糸〉が麻痺した様子がなかった。八千穂は混乱し、とにかく鶴牧を施術しようと左手を伸ばした。そのとき――

「きゃ――――――――」

 生徒たちの間から悲鳴があがった。

 それで八千穂の動きが止まった。

 鶴牧は一歩後ろへとよろけ、しかし踏みとどまって八千穂を睨み付けた。自分の胸に刺さった〈髪逆〉を見つめて、ごくりと唾を飲み込む。

「チホ!」

 舞台袖から飛び出してきた毅瑠の声に、八千穂はようやく我に返った。

「毅瑠……」

 毅瑠は無言で八千穂の手を引くと、舞台袖へと引っ張り込んだ。

 やがて、鶴牧の怒声が響き渡り、体育館の中は騒然となった。

 それが、〈神坂八千穂事件〉の幕開けだった――

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