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ひきわり  作者: 夏乃市
幕間その三
74/106

八千穂の水着で悩殺大作戦

 一



 夏休みも終盤。

 一時〈夢糸〉を鬼に絡め取られて眠り続けていた水村力みずむらりきと、サッカー部の合宿から戻った縁田太一えにしだたいちが加わり、神坂家の居間には生徒会のメンバーが勢揃いしていた。

「会長、もう一度合宿やりましょうよ」そう言ったのは力だった。

 自分が眠り続けていた間に行われた、女性だけの合宿の話を聞くや、だだをこね始めたのだった。

「それは私も賛成」

 合宿に参加しなかった双子の姉、水村作みずむらさくも同意する。

「そうは言ってもね、そんなにこの家に迷惑をかけるわけにはいかないわ」と戸時夏目とときなつめが困ったように言う。「学園の合宿所は今からでは抑えられないし、これだけの人数で泊まるとなると、普通の旅館ももう無理だわ」

「合宿でいったい何をするつもりだ」と太一が力に訊く。

「そうですよ。夏休み中に済ませなきゃならない仕事は、概ね終わりましたよ」と山瀬道生やませみちおが付け加えた。

「いや、そのな。生徒会メンバーの親睦をだね……」

「力先輩、遊びたいだけじゃないんですか?」と言ったのは乙蔵綾音おとくらあやね

「スケベなこと考えているに違いないわ」と呟いたのは木谷希奈きたにきなだ。

 話を聞きながら首を傾げたのが神坂八千穂かみさかやちほで、「先輩、分が悪いです。諦めてください」と言ったのが、向井毅瑠むかいかたるだった。

「そうは言っても、三年生最後の夏休み、仲間と思い出を作りたいと思っちゃダメなのか?」

 それでも力は食い下がる。周囲は半分呆れ顔だ。

「……力の言うことも一理あるわね。合宿は無理だけれど、海にでも遊びに行きましょうか?」

「会長! そうこなくっちゃ!」

 夏目の提案に、力が歓声をあげた。他の面々にも反対の理由などなかった。

「海に行くなら水着を買わなくちゃ」そう言い出したのは綾音だ。「八千穂は水着もってる?」

「中学のとき学校で使ったやつならある」と八千穂。

「それ、スクール水着でしょ。しかも、もう着られないんじゃない?」作が突っ込む。

「私も水着なんて持ってないわ」と希奈。

「じゃあ、今から買いに行きましょうか」

 夏目のさらなる提案に女性陣全員が賛成した。

「あのお、俺らも一緒に行っていいですか?」

 そんなことを訊いたのはもちろん力で、周囲の冷たい視線に晒されて、「冗談だよ」と言って小さくなった。



 二



 夏目、作、希奈、綾音そして八千穂の五人は、連れだってK駅前の百貨店を訪れた。

 夏休みも終わりが近いとあって、水着売り場も縮小され、商品には赤札が多く付けられている。

「さすがにこの時期だと、新作は残ってませんね」と綾音。

「まあ、一緒に行くのがあの連中だから、適当なやつで良いでしょ?」と作。

「でも、運命の出逢いがあるかもしれないわ」と頬を赤らめたのは希奈だ。

「希奈、ナンパ待ちするの? ならこんなのはどう?」

 そう言って作が手に取ったのは、なんとも生地の少ないビキニだ。それを受け取った希奈は、「とても無理」と呟きつつ、それでもめつすがめつしている。

「夏目はどうするの?」

「私はこれにしようかしら」

 夏目が手にしているのは、パレオ付きの黒ビキニセパレートだ。胸元とパレオにあしらわれた大きなリボンがアクセントになっている。

「なるほど。下手に純真ぶらず、下品にもならない。さすがは夏目ね。私は別路線で、こういうのはどう?」

 作が選んだのは、白地にブルーのストライプが入ったタンキニスタイル。しかもボーイズパンツタイプのものだった。ストライプのブルーは、微妙に濃さの違う三種類を組み合わせている。

「作先輩、それ似合いそうですね。私はこれでいこうと思います」

 綾音は、赤を基調とした花柄プリントのビキニセパレートを掲げた。パンツにベルトが付いているタイプだ。

「八千穂はどうするの?」

「……」

 綾音達がわいわいと水着選びをするなか、八千穂はひとり立ち往生していた。正直、どれを選んだらいいか皆目見当が付かないのだ。

 事情を察した四人が、八千穂の周りに集まった。

「八千穂ちゃん。セパレートとワンピースどっちがいいの?」と夏目が訊く。

「ちょっと夏目、今時ワンピースはないでしょう」と作。

「向井君はどんなのが好きなのかしらね」と希奈。

「毅瑠? ……わからない」

 首を傾げる八千穂に、綾音が同情的な目を向けた。

「あの男は、おしゃれのことなんかわからなそうだものね。そうね……じゃ、テーマは『向井君を水着で悩殺』って線でどう?」

 八千穂は絶句したが、他の三人は諸手を挙げて賛成した。

 こうして『向井毅瑠を水着で悩殺大作戦』が始まった。



 三



「向井君はむっつりスケベだと思います」綾音は容赦なく言った。「でも、紐みたいなビキニとか、生々しいのは逆に敬遠しそうですね」

「ひも?」

 八千穂が口をぱくぱくする中、他の四人は勝手に話をどんどん進める。

「色はどうかしら」と希奈。「向井君、白とか好きそうだけど」

「白にするんだったら、リボンとかデザインの派手なやつがいいわ。じゃないとほとんど下着と変わらないもの」と夏目。

「でも、八千穂ちゃんにフリフリは似合わないわ」そう言って、作が上から下まで八千穂の体をなめ回すように見た。「このスタイルなんだからシンプルに行くべきでしょう」

「濃いめの……ブルー系の色が良いかしら。それとも、もっとビビットな色かしら」綾音は何枚かの水着を八千穂に差し出した。「さ、端から試着してみよう!」

 八千穂は、水着など、体育の授業以外で着たことはなかった。しかも、今手の中にあるのは、なんとも大胆なデザインの物ばかりだ。なんというか――恥ずかしい。それでも、せっかくみんなが選んでくれたのだから、試着ぐらいはしなければ申し訳なかった。

「ひゅー」

 一着目を着て試着室から顔だけ出すと、勢いよくカーテンが引かれた。四人が鈴なりになって八千穂を眺め、作が口笛を吹いた。今八千穂が着ているのは、ブルーのシンプルなビキニセパレート。ビキニは首に紐で結ぶデザインで、パンツの両サイドも紐だ。

「どう? 八千穂」

 綾音の言葉に、八千穂は鏡に映った自分をしげしげと眺めた。

「紐はちょっと心細い」

「そう? じゃあ、次いってみよう」

 次はグリーンのセパレート。ビキニのアンダーバストはホック式になっている。パンツはローライズだった。

「ちょっと色が合わないか」

 綾音が首を捻り、他の三人に意見を求める。概ね同じような意見だった。

 その次はネイビーのセパレート。いたって普通のデザインの三角ビキニとパンツ。

「ああ、やっぱりシンプルなのが似合うわね。かっこいいわ」夏目が感心したように言う。

「確かに似合うけど、面白くないわね。想像通りっていうか……もう少し意外性を演出したくない?」と作。

「そうね。大人っぽすぎるかも」と希奈。

「よし、じゃあこんな色でどう?」と綾音。

 八千穂が着る水着だというのに、選ぶ基準は、完全に毅瑠を喜ばせる――ということになってしまっている。八千穂は複雑な気持ちで、次の水着を試着した。

「わお!」綾音がそう呟いて、しばし呆然と八千穂を見つめた。「素敵」

 ビキニは胸全部を覆うタイプだった。首と背中は紐で結ぶデザインだったが、三角ビキニほどの心細さはない。パンツは適当なハイレグで、見た目のバランスがとても良い。そして生地の色は赤。情熱の赤だ。

「これは……向井君じゃなくても悩殺できるね」と作。

「健康的で、しかもかっこいいわ。もともと色っぽいんだから、大人っぽい演出はいらないわね」と希奈。

「髪の毛はまとめた方が良いわね。そこに髪飾りでもつけましょう」と夏目。

 絶賛の嵐の中、八千穂は鏡を見た。この位なら、まあ抵抗なく着ることができる。そして本当に――毅瑠はこれを見て喜ぶのだろうか?

 ひとしきり大騒ぎをした後、全員思い思いの水着を買って、百貨店を後にした。八千穂はもちろん、みんなが選んでくれた水着を買ったのだった。



 四



 海で披露された八千穂の水着姿を見て、毅瑠は絶句した。

「どう? 毅瑠」

「いや……その……とても似合うよ」

「……」

 その様子をビーチパラソルの下から見ていた綾音は、隣に座る夏目に言った。

「よく考えたら、どんな水着でも、向井君は悩殺されたんでしょうね」

「ふふふ。そうね。でも、八千穂ちゃんにとっても意味があったと思うわ。向井君のために水着を選んだ。それを喜んでもらえた。ね?」

「そうですね。一つレベルアップって感じですね」

 毅瑠と共に水と戯れる八千穂を眺めながら綾音は思った。

 ああ、意外に二人はお似合いだな――と。



《八千穂の水着で悩殺大作戦 了》

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