夢喰い事件 21
数日後、力と作が神坂神社を訪れた。
作はなんとなく気まずそうな顔をしていたが、力はほがらかな様子だった。
「八千穂ちゃんがお祓いをしてくれたんだって?」
「お祓いとは違う」
「でも、俺を起こしてくれたんだろ?」
力は、ありがとうな、と言って、それから作の腕を引く。「ほら、作もお礼を言えよ」
「ええと、八千穂ちゃん。ありがとうね。それから……ごめん」作はぺこんと頭を下げた。「あの晩はさ、パニックになっちゃって、なんか私、酷い言いがかりをつけた。全部忘れてくれると嬉しい。八千穂ちゃんは、力のこと、本当に心配してくれてたんだよね。私、神坂の小父さんに追い返されたからって、八千穂ちゃんにあたるなんて、最低だよね」
「あ……」
それは、天啓と言っても良かった。弦悟の今回の行動が、八千穂の中ですべて腑に落ちる。
弦悟はわざと憎まれ役を買って出たに違いない。力を囮にして鬼を探す。その判断を弦悟がすることで、八千穂が友達を出しにするような判断をしなくて良いようにと――そう考えたに違いない。
ふっ、と八千穂の肩の力が抜けた。たぶん、毅瑠も気が付いていたのだろう。でも、あえて口にしなかったのだ。事件以降続いている弦悟との冷戦を、そろそろ終わりにしても良い、八千穂はそう思えた。
「それにしても、さすがは神社の娘ね。なんかちょっと不思議な力が使えるみたいじゃない」
その大雑把さは、いつもの作だった。そして力が言う。
「その不思議な力ってやつで、探してもらいたい人がいるんだよ」
「人?」
まさか、と八千穂は思った。
「俺、眠っている間に、その子と約束したんだ。また、デートしようねって」
「名前は?」
「文野華子ちゃんていうんだ」
華子――あの少女。
八千穂は華子のことを思った。あの少女は今でも〈飯丘療養所〉にいる。目を覚ましたかどうかはわからないが、力が訪ねてくるのを待っているはずだ。白いワンピースを着て、麦わら帽子をかぶって――
どうやって彼女を紹介するかは、今度毅瑠に相談してみよう。八千穂はそう思った。
華子は、力とのデートが楽しくて、力を夢に留め続けてしまった。それは許されることではないが、でも、八千穂はその気持ちがわからなくはないと思っていた。絵に描いたようなデートはできなくても、二人が出会えば、きっとまた楽しい時間を過ごせるはずだ。
ふと、八千穂は夏目が言っていたことも思い出した。ランデブーはデートだと。
作と仲直りができたことで浮かれていたのかもしれない。八千穂は自分でも信じられないような冗談を口走っていた。
「力。今度は本当にランデブー?」
「何それ?」
力がきょとんとし、作が腹を抱えて笑い出した。
喧しい蝉たちまでもが、笑っているような気がした。
《夢喰い事件 了》
「夢喰い事件」はこれにて了です。
お付き合いいただきましてありがとうございます。
幕間を経て、「八千穂事件」が始まります。
引き続きお付き合いください。