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ひきわり  作者: 夏乃市
第三章 夢喰い事件
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夢喰い事件 20

「チホ」

 そこは、療養所の入り口前だった。

 八千穂は石畳の上に倒れ、毅瑠に抱き抱えられていた。毅瑠の顔が驚く程近い。八千穂は飛び起きた。

 同時に、療養所の建物の中から、爆発的な勢いで〈魂糸〉が襲いかかってきた。色取り取りのそれは、一人の鬼のものではありえない。全員が鬼であることは間違いないようだった。

 八千穂は〈髪逆〉を構えると、裂帛れっぱくの気合いを発した。

「もう、やめろ!」

 気合いと共に、八千穂の左右の三つ編みが一瞬で解けた。解けた髪は逆立ち、迫りくる〈魂糸〉の束を前にして、弾けた。

 それは一瞬だった。

 髪の一本一本が槍となって伸び、〈魂糸〉と同じように障害物を抜け、建物中の鬼を貫いた。

 空を埋め尽くすほどの〈魂糸〉が、すべて動きを止めていた。

「これが、本当の〈髪逆〉……?」毅瑠が小さく呟く。

 八千穂は鬼を施術するために、療養所の中へと足を踏み入れた。




髪逆かみさか〉――それは、髪に〈魂糸〉を乗せて武器となす、神坂家の〈霊鬼割〉に伝わる奥義。大量の〈魂糸〉を消費するため、滅多に使うことはない。剣の〈髪逆〉は、代々の〈霊鬼割〉の髪に〈魂糸〉を込めて、編み上げられてきたものだ。八千穂はこの奥義を使ったのは初めてだった。

「すごいな」

 毅瑠が感嘆の言葉を漏らす。しかし、八千穂は複雑だった。髪を振り乱したこの姿は、あまり人に見せられたものではない。そして、そんなことを気にしている自分が、八千穂は意外でしょうがなかった。

 療養所の中には、患者と職員を合わせて五十人からの鬼がいた。彼らの〈魂糸〉は残り少なく、環を繋いだからといって、どれ程元気を取り戻すのか、それはわからなかった。順も、華子も、患者たちの中にいた。

 すべての鬼の施術が終わり、二人が療養所の外に出たときには、夜が明けていた。

「力先輩、どうだった?」

 ここにきて、ようやく毅瑠がそう訊いた。

 あのとき――抱き合った力と作を、八千穂は〈髪逆〉で貫いた。そして、作に請われた通り、二人の〈魂糸〉を繋ぎ、均等に分け直した。そんなことが可能だとは考えたこともなかったが、結果的には可能だった。双子の〈魂糸〉はそっくりで、それが功を奏したのだろう。

「でも、作は私を許してくれないと思う」

 それでも、鬼を狩ることができて、力と作に申し訳が立ったような気がした。でも――弦悟のことは、まだ許せそうにない。八千穂は唇をかんだ。

 毅瑠が、ぽんぽんと八千穂の背中を叩いた。きっとまた、小難しい理屈をこねて慰めたりするに違いない、と八千穂は身構える。しかし、毅瑠は全然別のことを言った。

「あのときのこと、覚えているか?」

「あのとき?」

「入り口のところで、俺が起こしたときだよ」

 八千穂は、妙に毅瑠の顔が近かったことを思い出した。手が、自然と唇へ行く。そういえば――唇に温かな感触があったような気がする。

 八千穂の仕草を見て、毅瑠が顔を赤くした。

「お……覚えていないならいいよ」

 閃くものがあった。まさか――

 唇と唇が触れ合ったから、二人の〈魂糸〉が触れたから、毅瑠の声は夢の中に届いた。八千穂まで届いたのだ。

 あのとき、毅瑠は〈夢糸〉に絡め取られることはなかった。鬼たちは八千穂に手一杯だったのか。それとも、毅瑠の〈夢飼い〉としての才能故か。とにかく――八千穂は毅瑠に助けられたのだ。

 八千穂は毅瑠の顔を見た。

 頬が紅潮するのを感じた。

 それから二人は無言で、朝焼けの中を、弦悟が待つ車まで歩いた。

 車の中では、弦悟が大いびきをかきながら眠っていた。

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