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ひきわり  作者: 夏乃市
第三章 夢喰い事件
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夢喰い事件 18

「チホ、待たせた」

 K駅前広場の噴水前で、八千穂は毅瑠と待ち合わせていた。

「毅瑠。遅い」

「すまん。出がけに道生から電話があってね。そしたら、電車を一本乗り損ねた」

「コーヒーゼリー」

「え?」

「罰」

「……わかったよ。後でおごるから。ほら、映画に遅れるぞ」

 二人は、先週封切られたばかりの新作映画を観る約束にしていた。八千穂は両親以外と映画を観にくるのは初めてだった。

「しかし、本当にこんな映画観るのか?」

 毅瑠の持つチケットは、日本映画の大作時代劇のものだった。高校生カップルが入るには、あまりに渋すぎる選択だ。

「観る」

「はいはい」

 案の定というか、二人が入った映画館は、年齢層の高い時代劇ファンばかりで、二人はかなり浮いていた。それでも、八千穂は存分に映画を楽しんだ。

「さ、食事はどうしようか?」

「コーヒーゼリー」

「それは食後、もしくはお茶のときにな。とりあえず歩くか」

 二人は、デパートのレストラン街を回った。しかし、意外に値段が高い。悩んだ挙げ句、昼食はファーストフードで済ませることにした。

「悪いな、こんなんで」

「別にいい。毅瑠と一緒なら」

 八千穂はハンバーガーにかぶりつきながら、臆面もなくそう言った。

「あら、お二人さん」唐突に、二人の背後から声がした。「休みの日にデート? 隅に置けないわね」

 声の主は夏目だった。一緒に綾音もいる。

「いやあ、まあ」毅瑠が照れたように頭をかいた。「二人は何してるんですか?」

「バーゲンよ、バーゲン」

 答えたのは綾音だった。よく見れば、二人とも大きな紙袋を下げている。

「おかげですっからかん」綾音がため息をつき、全員が笑った。

「じゃあ、ごゆっくり」

 夏目はそう言うと、綾音を促して離れた席へと歩いていった。

「一緒に食べればいいのに」と八千穂。

「俺らに気を利かせたんだよ」

「気を?」

「恋人同士だからね」

 八千穂の鼓動が一つ、跳ね上がった。恋人同士――私と毅瑠が?

「どうした?」

 八千穂は無言で首を振る。心は嬉しさで躍っている――でも、この違和感はなんだろう?

 食事が終わると、二人はあちこちの店を見て回った。昼食代に事欠くくらいだから、今日は特に買い物をする予定はない。それでも、毅瑠と二人のウインドウショッピングは楽しかった。

「お茶にしようか」

「うん」

 二人は喫茶店に入った。毅瑠はホットコーヒー。八千穂はホットコーヒーとコーヒーゼリー。

「その組み合わせはどうかな」

 毅瑠が幾分うんざりした顔で指摘する。

「いいの」

「そうか」

 コーヒーを飲みながら、二人は延々と、たわいもない話に興じた。

 喫茶店を出ると、空は夕暮れに染まっていた。毅瑠がどこかに向かっている。それに付いて歩いていると、いつの間にか、海が見える公園に出ていた。

「どう? とっておきの場所」

「……」

 夕日に染まる海は、言葉では表せないほど綺麗だった。八千穂が呆然と見つめていると、毅瑠が肩を抱いてきた。

「毅瑠?」

「チホ」

 今このとき、世界には二人しかいない。自分と毅瑠と。八千穂は頭がぼうっとした。毅瑠の顔が近付いてくる。キス――八千穂は思った。そうだ、ここはキスをする場面だ。

 八千穂は目を閉じた。

 夢のようなデートの時間がここで終わる。デートの締めはキスなのだ――夢に見たような楽しいデート――

 ――違う。

 何かがそう告げた。

(八千穂が向井君と一緒にしたいことって何?)

 綾音の声が脳裏に木霊こだまする。

 あのとき、あのお風呂場で、私はなんと答えただろうか――私は毅瑠とこんなデートがしたかったのだろうか――

 それに、毅瑠は二人を「恋人同士」だと言った。でも、違う。私と毅瑠は友達だ――掛け替えのない、大切な友達だ。将来がどうなるかはわからない。でも、今は、友達という言葉が最優先で出てこなければいけないはずなのだ――

 八千穂は目を開いた。

 現前に迫った毅瑠の顔を、思いっきりひっぱたいた。

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