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ひきわり  作者: 夏乃市
第三章 夢喰い事件
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夢喰い事件 15

『見つけた』

 電話の向こうで毅瑠が言った。

 時間にして二十五時間。毅瑠は〈夢糸〉を辿り続け、ついにその行き着く先を見つけた。

『今、神坂さんが車でそっちに向かっている』

 毅瑠は、八千穂が電話にすぐ出なかったことを質したりはしなかった。力のことにも触れなかった。電話をかけた直後に〈夢糸〉が切れたのを見て、八千穂の行動を察したに違いなかった。

 徒歩で辿って二十五時間かかる場所。車でバックアップに付いていた弦悟が戻ってくるのに、一時間以上は優にかかるだろう。家を飛び出してきたときとは違って、とぼとぼとした足取りで、八千穂は神坂神社への帰路を歩いていた。

 寝間着にしている浴衣に素足。突っ掛けてきたサンダルは、くるときにどこかへ行ってしまった。夏でなければ風邪をひきそうな姿。そして、女の子が夜一人で歩く格好ではなかった。

 しかし、八千穂はそんなことは気にならなかった。頭の中では、作の言葉がぐるぐると回っている。

(どうして最初からやってくれなかったの?)

(力を出しにしたってこと?)

(私の命を力に分けてあげてよ!)

 どうしたら作は許してくれるのだろうか? もう、許しを請うことさえできないのだろうか――

 せめて――せめて、元凶となった鬼は狩らなくてはならない。

 八千穂は立ち止まった。住宅街の中を流れる小さな川のほとり。川面に星明かりが映って、ちらちらと揺れている。その揺らめきの中に、八千穂は皆の顔を見た。

 毅瑠が辿った時間。

 力が命を晒した時間。

 作が涙を枯らした時間。

 そして、自分が待った時間。

 そのすべてを無駄にしてはいけない。

 八千穂は拳をきつく握ると、浴衣の裾を翻して駆けだした。



 八千穂が神坂神社に帰りつくと、弦悟は既に着いていた。

 浴衣のまま車に飛び乗ろうとする八千穂を、弦悟は強引に着替えさせた。

「向井君にそんな姿を見られていいのか?」

 そんなことを気にしている場合ではないと思いつつ、八千穂はその言葉に従った。着て出たのは学校の制服だった。

 家中が眠っていた。夏目は、八千穂が飛び出していったことを、誰にも告げなかったようだ。

「行き先は、山の中の療養所だ」車が走り出してから、弦悟が言った。

 毅瑠と弦悟が辿り着いたのは、町から離れた山奥だったという。神坂神社からの距離にして七十キロ。車でも二時間近くはかかる距離だ。

「どんな鬼?」

「見ていない」

 二十四時間を過ぎた頃に、毅瑠が「近い」と言った。力の〈夢糸〉に、別の〈夢糸〉が混じり始めたというのだ。二人は地図で糸の行く先を確認し、あたりをつけると、弦悟はその場から取って返した。少しでも時間を稼ぐためだった。

 力のためだった。でも――

「力の〈魂糸〉……減っていた」

「そうか」

「それだけ?」

「ああ」

 八千穂は、弦悟に対して、これほどの感情を持ったのは始めてだった。憤りなのか、悲しみなのか、怒鳴りたいのか、泣きわめきたいのか――結局わからず、八千穂は押し黙るしかできなかった。

 弦悟は無表情に前を見つめている。

 それから一時間半、二人は一言も口をきかなかった。

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