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ひきわり  作者: 夏乃市
第三章 夢喰い事件
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夢喰い事件 14

 二十分ほど走り続けて、八千穂は水村家のマンションの前に着いた。

 携帯電話の時計は午前零時三分を示していた。

 勢いでここまで来てしまったものの、八千穂はどうしようかまだ迷っていた。今すぐにでも力の〈夢糸〉を切ってしまいたい――しかし、〈霊鬼割〉としての理性が、毅瑠と弦悟の努力を無駄にするのかと、そう言っている。弦悟が言った丸二日には、まだ一日残っている。八千穂は決めきれないまま、二十五時間前に毅瑠が指さした場所に〈夢糸〉の気配を探した。

(あれか)

 依然〈夢糸〉はそこにあった。それこそ、夢のような儚い気配しか感じられない、力の〈夢糸〉――それが、八千穂の目の前で、一瞬太く脈動した。

(!)

 八千穂の理性が飛んだ。それは、力の〈魂糸〉が吸い上げられた脈動だった。右の三つ編みが顕現し、中から現れた〈髪逆〉を逆手に握る――しかし、三階から伸びたその〈夢糸〉に、地上からでは届かなかった。

 八千穂はマンションの入り口に向かった。そこは、暗証番号式のオートロックがかかっていた。暗証番号を入力するか、住人に中から開けてもらう必要がある。しかし、八千穂は躊躇なく〈魂糸〉を使った。自らの〈魂糸〉をオートロックへと伸ばし、回路をショートさせる。〈魂糸〉の環が切れている〈霊鬼割〉だからできること――世間では超能力として認識されている力――命をすり減らす力だった。

 一瞬後、入り口のガラスの扉は、軋みながらその道を開いた。完全に開ききる前に、八千穂は中へと飛び込んだ。

 マンションに入った八千穂は、エレベーターを使わず、階段で三階まで駆け上がった。三階には部屋が三つ並んでいる。一、二、三。三軒目が水村家だった。

 廊下側から部屋の中は伺えなかったが、外から見たときは灯りはついていなかった。力以外も寝ているはずの時間帯だ。

 待つか、切るか、辛うじて残った八千穂の理性が、一瞬の待ったをかけた――その時――

 携帯電話が着信した。

(毅瑠!)

 着信相手を確認することなく、八千穂は確信した。電話に出ずに〈髪逆〉を構える。基本的に〈魂糸〉で編み上げられている〈髪逆〉は、使い手の意志によって、通常の物質にも効果を及ぼすことができる。入り口のオートロックのように、〈魂糸〉で鍵を開ける余裕を失った八千穂は、即座に〈髪逆〉を振るった。水村家の玄関の鍵が弾けた。

 八千穂は勢いよく扉を開けると中に飛び込んだ。そのまま〈魂糸〉の気配を頼りに力の部屋を探す。部屋はすぐに見つかった。

 真っ暗な部屋の中で、ベッドに力が眠っていた。灯りもつけず、作がその顔を見つめている。

「八千穂?」

 げっそりとした作が、八千穂に気が付いた。八千穂はそれに構わず力に近付くと、〈夢糸〉を見極めた。細い細い〈夢糸〉が、力の頭から窓の外へと伸びていた。そして――やはり〈魂糸〉が減っていた。

 茂庭幸江程ではない。それでも、眠り続けた三日分、確かに〈魂糸〉が吸い上げられている――

 八千穂は唇をかみしめ、〈髪逆〉を振るった。

 軽い、微かな手応え――〈夢糸〉が切れて四散した。

 八千穂は小さく息を吐くと、〈髪逆〉を下ろした。

「作、これで……」

 力は大丈夫、と続けようとした。しかし、作の表情を見て言葉が詰まった。

「どうして?」作が八千穂を睨んでいた。「どうして最初からやってくれなかったの?」

 作が〈夢糸〉のことを知っているはずはない。八千穂は狼狽うろたえた。

「今のが夢から覚ますお祓いなんでしょう? なんで、すぐやってくれなかったのよ! 力、こんなに弱っちゃったじゃない!」

「作……見えるの?」

「見える? わかるわよ! 双子なのよ! 姉弟きょうだいなのよ! この子の命がどんどんどこかに吸われちゃってることぐらい、わかるわよ」

 それは理屈ではなかった。双子の姉弟きょうだい故に、姉が弟を想うが故に、理屈はわからなくても、〈魂糸〉が抜かれていくことが肌で感じられたのだろう。八千穂に何かが見えている――それを前提にしなければ成り立たない文脈――しかし、今この場では、そんなことは些細なことだった。

 作は泣いていた。

「ねえ。なんで丸一日も置いたのよ」

「鬼を探すのに……」

「力を出しにしたってこと?」

 追い詰められたが故の、すべてを越えた理解力。作の本能が本質を鋭く言い当てる。

 八千穂は言葉を返すことができなかった。

「あれ、作……」

「力!」

 力がベッドの上で上体を起こしていた。作が飛びつき、力を力一杯抱きしめる。

「お願い。ねえ、お願い。私の命を、力に分けてあげてよ!」

 作の悲痛な叫びは、八千穂に向けられたわけではない。彼女は、〈魂糸〉のことも、〈霊鬼割〉のことも、鬼のことも知らない。ただ――力の命を吸い上げた理不尽な存在に対して、心のままに叫んだだけだ。叶えられることのない願いと知って、それでもなお――叫ばすにはいられなかったのだ。ずっと二人で歩いてきた自分の半身が、こんなところで道を分けるなど、認めることはできない――神でも、悪魔でも、鬼でもいいから、力に私の命を半分あげてと――作の魂は叫んだ。誰か! と。

 神も、悪魔も、鬼も、彼女の叫びは聞いていなかった。

 ただ――〈霊鬼割〉が聞いていた。

 八千穂は〈髪逆〉を握りしめた。

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