夢喰い事件 12
神坂家に再集合した面々は、まずはお風呂にしようということになった。
「合宿と言えば、裸の付き合いよね」と言ったのは夏目で、それを聞いて顔を赤らめたのは希奈だった。
ガス炊きの神坂家の風呂は大きかったが、それでも、一度に四人で入れるほどの広さはない。結局、二回に分けて、二人ずつ入ることで落ち着いた。
「八千穂、肌綺麗ね」湯船に浸かりながら綾音が言う。
「綾音は胸が大きい」
たいした感慨も込めずに八千穂が言い、綾音は「そうかしら」と言って湯面に視線を落とした。
入浴の組み合わせを決めるにあたって、夏目、希奈、綾音が、三人とも八千穂と入りたがったことに、八千穂は驚いた。最終的には、三年生の二人が綾音に譲ったのだが、先に上がった夏目と希奈が、八千穂の脱衣を興味津々で眺めていたのには閉口した。
「向井君のお手伝いって、例の件?」
綾音は、〈魂糸〉のことも、〈霊鬼割〉のことも知っている。七月の事件のとき、彼女は渦中の人だったのだ。
八千穂は頷きながら湯船に入ると、綾音と向き合った。力のことをどう説明しようかと考える。しかし、綾音は全然別のことを訊いてきた。
「八千穂、向井君とはどこまでいったの?」
「作の家まで」
綾音の目が点になる。
「作先輩の?……質問が悪かったかしら。八千穂は、向井君とデートとかしないの?」
「デート?」
「そ、デート」
八千穂は首を捻り、昨日の作の言葉を思い出した。
「駅前の噴水で待ち合わせて……」
綾音の目が輝く。うんうん、とにじり寄ってくる。
「服選んで遅刻。映画。お弁当。買い物。アイスクリーム。海の見える公園。……キス?」
キスという発言に、おーっと盛り上がった綾音だが、すぐに気が付いた。
「八千穂、それなんかで読んだの?」
「作に聞いた。デートでしょ?」
八千穂の左半分だけの三つ編みは、今は解かれて湯の中を漂っている。綾音はそれを指ですくっていじりながら、優しい口調で言った。
「八千穂は、今言ったみたいなデート、向井君としてみたいの?」
八千穂は考えてみたが、よくわからなかった。毅瑠と一緒に出かけたことはある。でも、それがデートだったのかどうか――
「じゃあ、八千穂が向井君と一緒にしたいことって何?」
「一緒に……」
「一緒に?」
「本が読みたい。コーヒー飲みながら」
その静かな光景を想像すると、八千穂はなぜか幸せな気分になった。
「それがデートだよ」
「待ち合わせは?」
「なくてもいいの。ついでに言えば、映画も、買い物も、お弁当も、アイスもキスもなくてもいいの。二人が楽しければそれでいいの」
「……」
「うふふ」
「何?」
「嬉しくて」
「お風呂が?」
「そうね。八千穂とのお風呂も、こういうお話もね。うふふ」
綾音は本当に嬉しそうだった。
なんだろう――今まで、こんな風に女の子同士で話をしたことはなかった。一緒にお風呂に入るのだって始めてだ。二人で浸かる湯船は、少し狭いけれど、不思議な心地よさがあった。
「上がろうか。先輩たちが待ってるわ」
綾音の肢体が、お湯を弾きながら湯船から露わになる。風呂場の照明に、湯滴がきらきらと光る。
「綾音、綺麗」
そう言った八千穂の声は、自分でも驚くほど、湯気の中に優しく響いた。