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ひきわり  作者: 夏乃市
第三章 夢喰い事件
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夢喰い事件 10

 既に夜の十一時を回っていたが、三人は弦悟の車で水村家へと向かった。

「恐らく、力君は茂庭さんの奥さんと同じ状態だろう。何者かに〈夢糸〉に絡め取られているに違いない」

 弦悟は作の話をそう断じた。

「なら」と、八千穂が抗議の声を上げる。それなら、なぜ作を追い返すようなことを言ったのか。早々に、共に水村家に向かえば良かったではないか。

「そして、また〈髪逆〉で切るのか?」

 それでは振り出しだ、と弦悟は言った。

 今現在、幸江や力のように、夢の世界に捕らわれている人がどれ程いるのだろうか。八千穂の目に止まった二人だけが例外で、他に被害者がいないと考えるのは、あまりにも楽観的すぎると思われた。どれ程の範囲に被害が及び、夢に捕らわれた人はどうなってしまうのか――

 八千穂は幸江を思い出す。彼女の〈魂糸〉は随分と減っていた。気付いてすぐに〈夢糸〉を切りはしたものの、寿命は大幅に減ってしまっただろう。

 かつて、八千穂に〈霊鬼割〉の手ほどきをした祖母は言った。鬼に〈魂糸〉を喰われてしまった人は、それが寿命――宿命なのだと。それを八千穂が気に病む必要はないのだと。鬼狩りに専念することが、結果的に被害を減らすのだと。

 鬼の施術こそ大事とした祖母の信念だったのか、いずれ悩むことになるであろう孫娘への思い遣りだったのか、それは今となってはわからない。八千穂の祖母は八年前に他界してしまっている。

 中学生までの八千穂は、その教えに疑問を覚えたりはしなかった。自分が、〈霊鬼割〉が関わるのは〈鬼〉そのもののみ。〈魂糸〉を引きずり出されたり、喰われたりした人は、そういう運命だったのだと断じてくることができた。

 しかし――毅瑠に会ってから何かが変わった。

 鬼の〈魂糸〉の環が繋げるなら、被害者の〈魂糸〉もそうするべきだと、毅瑠は言った。その考え方は八千穂には新鮮だった。そして、正しいことに思われた。

 だから、四月の事件のときも、七月の事件のときも、頼まれるままに生徒たちの〈魂糸〉を繋いだ。幸江のときも、考えるより先に体が反応した――

(私……)八千穂は思う。(〈霊鬼割〉として駄目になったのかな……)

 神坂家に婿養子として入った弦悟は、八千穂の祖母から、〈魂糸〉について、〈霊鬼割〉について、鬼について、いろいろと教えを受けたようだった。だから、祖母亡き後、八千穂に〈霊鬼割〉のことを教えてくれたのは弦悟だった。しかし、鬼の施術に関して、八千穂のやり方に口を挟んだことはなかった。それが今回は、まるでお前のやり方では駄目だと言わんばかりだ。

「着いたぞ」との弦悟の声に、八千穂は我に返った。八千穂が千々に思い悩んでいるうちに、車は水村家に到着していた。

 そこは、比較的新しい分譲マンションだった。

「どの部屋だね?」

 弦悟の問いに、毅瑠は三階の窓を指さした。

「見えるかい?」

 毅瑠は〈魂見鏡〉をかけて目を凝らした。八千穂には何の気配も感じられない――

 すっ、と毅瑠が空の一点を指した。その指が空をゆっくりとなぞる。八千穂はその指先が示す先に意識を集中する――そして――

 見つけた。細い――細い、魂の糸――〈夢糸〉。微かに感じる気配は力のものか――

「俺では駄目だ」

 弦悟も〈魂見鏡〉を覗いていたが、すぐに諦めて毅瑠に返した。毅瑠はそれをかけ直すと、〈夢糸〉を辿って歩き始めた。

「かなり遠くまで続いています」

「よし、時間との勝負だ」弦悟が言う。

 八千穂は、力が眠り、作が泣いているであろう、三階の窓を見上げた。

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