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ひきわり  作者: 夏乃市
第一章 テレパシー事件
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テレパシー事件 5

 毅瑠が生徒会室に戻ったときには、時刻は午後六時近くなっていた。

 部活動は午後六時までと決められている。生徒会活動も当然それに準じるのだが、あまり守られてはいない。

「ご苦労様、向井君」真っ先に夏目が声をかけてきた。「出てる人達も、そろそろ戻ってくるわよ」

 生徒会室にいるのは、夏目と道生の二人だけだった。

「あとどのくらい残ってる?」毅瑠が道生に訊いた。

「ほとんど終わった。みんな協力的だったよ。これが電話した分。部活動組の分は、縁田えにしだ先輩たちが戻ってからだ」

「さすが、仕事が早いな」

 毅瑠は、道生から紙の束を受け取った。それは、二年C組の生徒一人一人に対して行った聞き取り調査の結果で、毅瑠が、八千穂と落ち合う前に頼んでいったものだった。既に帰宅した生徒には電話で、部活動をしている生徒には直に、聞き取りを行った。綾音と秋山彰子については毅瑠が聞いた。残りの三十六人について、夏目を除く他の生徒会メンバー五人が手分けをしたのだった。

 聞き取り内容は三つ。例の小論文で模範解答と同じ答えを書いたか否か。その小論文を考えた、もしくは思いついた経緯を詳しく。そして、マスコット人形を持っているか否か。

「ねえ、マスコット人形って何なの?」夏目が訊いた。

「〈願い事が叶うお守り〉だそうです」

「その人形のお陰で、小論文の答えが見えた……とでもいうの?」

 毅瑠は軽く肩を竦めた。

「学園祭の生徒会企画、校内の流行の広まり方……なんてどうです?」

「面白いけれど、今回の調査に便乗するのはどうかしら?」

 夏目が小首を傾げて毅瑠を見据えた。道生も見ている。

「……すいません。それは冗談です。ええと……ちょっと説明し難いんですけど、戸時会長の説もあながち冗談では済まされないかもしれません」

 夏目と道生が顔を見合わせた。

「聞き取り調査の結果がすべて集まればはっきりしますが、同じ論文を書いた生徒は、全員マスコット人形を持っている可能性があります。偶然にしては、気持ち悪いですよね? 今回の件は、普通に考えればありえない現象です。二年C組が不正をしていないなら、もう、何らかの不可思議な力が働いたと考えるしかないと思うんです」

「人形との因果関係が証明できるのか?」と道生。

「ん――、どうだろう。でも、布石にはなると思って」

「本当に人形のせいかどうかはわからなくても、二年C組の生徒たちが、人形が原因ってことで納得する布石……そういうことね?」

「ええ」

「でも、蛯原先生はそれじゃあ納得しないでしょう」

「そっちは、上手くすれば、偶然ってことで言いくるめられると思うんです」

 夏目と道生が目を丸くした。道生が何か言おうと口を開きかけたとき、入り口の扉が開いた。

「お、戻ってたのか。向井」巨体を揺らして入ってきたのは、生徒会副会長の縁田太一えにしだたいちだった。「ほら、概ね終わったぞ」

 調査用紙の束を差し出す太一の背後には、他の三人も続いていた。生徒会書記の木谷希奈きたにきな。生徒会会計の水村作みずむらさくと、生徒会事務員の水村力みずむらりき。今回戻ってきた四人は全員三年生。作と力は双子の姉弟だ。生徒会の中で、二年生は毅瑠と道生の二人だけだった。

「突貫作業だったから大変だったわ。向井君、この礼は高いわよ〜」

 作が毅瑠の肩をつつきながら言った。

「何言ってるんだ。ほとんど俺がやったのに」と力。

「双子はセットなんだから、力がやったなら、私がやったのと同じよ」

 作がくるっと体を回して力を指さす。勢いで、彼女のさらさらの短髪が毅瑠の肩口で舞った。

「二人ほど捕まえられなかった人がいるの。後で自宅に電話してみなくちゃ」

 大きな眼鏡を直しながら、希奈が言った。

「それ、俺がやりますよ。希奈先輩」

「ん? どうした山瀬。ぽかんとした顔して」

 太一が、固まっている夏目と道生に気がついた。道生は、半開きだった口を閉じて毅瑠に目をやった。

 毅瑠は、調査用紙の束をまとめると、うほん、とわざとらしい咳払いをした。

「先輩方、どうもありがとうございました。調査結果は俺の方でまとめます。……なんというか、乙蔵さんの話を聞く限りでは、偶然か超常現象でしかありえない気がしてきました。でもまあ、四月の事件みたいに、俺たちでは理解できないような出来事もあるわけで、生徒会としては、蛯原先生との交渉を第一義に、生徒たちにはそこそこで納得してもらう、という方向が良いと思うのですが、どうでしょう」

 全員の視線が夏目に集まった。

「一介の高校生では解明できない現象もある。それは当然ね。いいわ。生徒会としては、二年C組は不正をしていないという観点で……そこは大丈夫よね?」

 夏目が毅瑠に念を押した。

「大丈夫だと思います。時間は十分、原稿用紙一枚。三十人が写す暇はないですよね? 読み上げるという手もあるかもしれませんが、いつ先生が戻るかもわからないのに、それはないでしょう。聞き取りのときの感触はどうでしたか?」

「嘘を付いている奴はいなさそうだった」

 太一が答え、他の面々もそれに同意した。

「わかったわ。では、生徒会としては、二年C組全員の赤点は不当だという方向性で行きたいと思います。交渉の窓口と、もう一つの調査、このまま向井君お願いね」

「はい」

「じゃあ、今日はここまで。お疲れ様」

 夏目が、ぱんっ、と軽く手を叩いた。それを合図に、全員が思い思いに帰り支度を始める。

「道生。ちょっと頼みがあるんだけど」毅瑠は道生に声をかけた。

「そうくると思ったよ」道生は、眼鏡の奥で軽く毅瑠を睨んだ。「周辺を固める資料集めだろう?」

「いくつか腹案はあるんだ。後は、どれが実行可能かだ」

「下手、打つなよ」

「わかってるよ」

 時刻は、午後六時十五分になっていた。

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