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ひきわり  作者: 夏乃市
第三章 夢喰い事件
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夢喰い事件 7

 茂庭幸江の〈夢糸〉を切って以降、八千穂は手がかりを失っていた。

 幸江の〈夢糸〉を切ったことを悔やんではいなかったが、鬼の存在が確定的なのにもかかわらず、その手がかりが見つからないことに焦りが募った。

 何度か、力を訪問して確認しようかとも考えた。しかし、なんと言って訪問すれば良いかわからなかった。弦悟の言う通り、以前の八千穂なら、もっとクールに事態に臨めていたのかもしれない。問答無用で訪問し、説明の必要など感じなかったに違いない。しかし――力と作の顔を思い浮かべると、なぜか足がすくんだ。

 力が幸江と同じ状態だとしたら、家の外からでも〈夢糸〉を確認できるかもしれない、とも考えた。しかし、〈夢糸〉は非常に細く、気配も〈魂糸〉のそれと比べてないに等しい。珍しい現象ではないにもかかわらず、八千穂が今まで見たことがなかったのは、それほど微かで、捉えずらいからだ。〈霊鬼割〉は、〈魂糸〉を見ている――というより、気配を感じている。もちろん、視覚的に見えているのだが、相対的に気配に重きを置く。だから、気配がほとんどない〈夢糸〉は、〈魂糸〉からほつれたものだから〈魂糸〉と同じ、と言われても見つけにくいのだ。幸江のときも、目の前で、〈夢糸〉経由で〈魂糸〉が吸い上げられなかったら、その存在に気が付いたかどうか怪しい。だから、力の家の外から〈夢糸〉を確認できるかどうか――八千穂は自信がなかった。

 なら、どうすれば良いのか? その答えが見つからない。

「眠ったまま起きないんです」

 作の言葉は、三日前の茂庭と同じだった。

 神坂家の居間には、弦悟と八千穂、そして作が座っていた。皆と一緒に一旦神坂家を辞した作は、三十分程して、再びその門を叩いたのだった。

「いつからだね?」と弦悟。

「二日前からです。呼んでも、叩いても、起きないんです」

「それで?」

「近所の茂庭さんの奥さんが、やっぱり起きなくなっちゃったのを、神坂神社の神主さんにお祓いしてもらったら目が覚めたって聞いて……。だから、お願いします。力にもお祓いをしてあげてください」

 作は畳みに頭をこすり付けた。

「頭を上げなさい。娘の友達にそんな風にされたら、居心地が悪い」

「それじゃあ……」

「医者には診せたのか?」

「眠っているだけだって」

「……」

「でも、私たち双子だし、わかるんです。あいつ……なんか変なのに取り憑かれているんです」

 作の目に涙が浮かんでいた。膝の上で握った拳が白い。

「わかる?」八千穂が小首を傾げた。

「ええ。力と私はよく同じ夢を見たの。さすがは双子だねって、よく言われたわ」

 双子は〈夢糸〉が絡みやすいのだろうか、と八千穂は考えた。

「さすがにこの歳になるとね、外ではそんなこと言わないけど。でも、同じ夢を見ているなって、それはわかるのよ」語る作の目は優しい。「昔から、力は寝穢いぎたなかったから、最初は気にしてなかったの。でも、一週間くらい前から、夢でランデブーなんて呟き初めて……それで、昨日……」

 作は、ごくりと唾を飲み込んだ。目つきが険しくなる。

「K駅前の広場に噴水があるじゃない? あそこに力がいるのよ」

「夢?」

「そう、夢の中の話よ。私は力の隣に立っているんだけど、あいつ気が付かないの。広場の時計がちょうど十時を指して、力がそわそわし始める。十分ほどすると、駅から一人の女の子が出てくるの。白いワンピースに、麦わら帽子、籐のバスケット……時代錯誤もいいところだけど……で、彼女が言うのよ『ごめんなさい。九分の遅刻ね』って」

「九分……」

「そ。で、力が『大丈夫だよ。でも、遅刻は十分だ』

 『細かいのね』

 『細かいのは君だろ?』

 『あなたのために服を選んでいたのよ』

 『とても似合うよ』……」

 作は臨場感たっぷりに演じ、それから苦笑した。

「なんじゃそりゃって、べたべたな会話の後は、絵に描いたようなデート。映画、手作りのお弁当。ウインドウショッピング。アイスクリーム。お茶。最後は海の見える公園でキス」

「キス?」

「笑っちゃうわよね。でもまあ、力らしいって言えば力らしい。それだけならね。でも、またねって言って別れた後……」

「?」

「噴水の場面に戻るのよ」

 八千穂は、作の話は信用できると思った。力が夢の螺旋らせんにはまり込んでいる――しかし――

「その話、誰かにしたかい?」弦悟の声は冷めていた。

 作が首を振る。

「そうか。あまりしない方がいい。変な風に思われるからね」

「な……」作がかっとなって腰を浮かせた。「嘘じゃありません!」

「誰も嘘だなんて言っていない。ただ、夢の話だ。確かめる術がない」

 身を乗り出そうとした八千穂を、弦悟が手で制した。

「お祓いの話は、ご両親には?」

「まだです」

「そうか。では、代金はどうするね?」

 作がはっとした。「いくらですか?」

「子供が払える額じゃない」

「でも!」

 腕組みをした弦悟と、膝を付いて身を乗り出した作が、しばし睨み合った。

 やがて、弦悟が静かな声で諭すように言った。

「今日のところは帰りなさい」

 作が俯いた。涙が畳にぱたぱたと落ちる。作は無言で立ち上がると、おざなりに一礼をして飛び出していった。

 追いかけようと立ち上がった八千穂を、またも弦悟が制した。

「今はやめておけ」

「お父さん」

「それよりも」弦悟は意外なことを言った。「向井毅瑠君を呼びなさい」

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