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ひきわり  作者: 夏乃市
第三章 夢喰い事件
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夢喰い事件 5

 茂庭夫婦のお辞儀に送られて、神坂父娘(おやこ)はアパートを後にした。閉めきった寝室は蒸し暑く、二人とも汗だくになっていた。

「ちょっと休んでいこう」

 弦悟はそう言うと、近くの喫茶店へと入った。神主と巫女の来店に先客たちは目を丸くしたが、店の主人は笑顔で二人を迎え入れた。

「いらっしゃい、神坂さん。仕事帰りですか?」

「まあね。暑くてなあ。一休みさせてくれ」

 主人は二人を、冷房のよく効いた席に案内してくれた。父娘は揃ってアイスコーヒーを注文した。

「しかし、いきなりだったな」出されたアイスコーヒーに盛大にガムシロップを入れながら、弦悟が八千穂に言った。「お父さんには見えなかった。説明しなさい」

 八千穂はブラックでアイスコーヒーを啜り、一息ついてから説明を始めた。幸江の頭から出ていた細い細い〈魂糸〉らしきもの。そして、それが〈魂糸〉を吸い上げたこと――

「それは〈魂糸〉というより〈夢糸ゆめいと〉だな」

「〈夢糸〉……あれが?」

 話には聞いたことがあった。環が切れていないにもかかわらず、〈魂糸〉の一部が体の外にはみ出る唯一の現象――それが〈夢糸〉だという。しかし、実際に見るのは初めてだった。

「〈夢糸〉は、〈魂糸〉がほつれて漂い出るものらしい。だから環は切れず、糸も細い。普通はたいした長さにはならず、本人の周囲を漂うだけだ。たまに〈夢糸〉同士が絡むと、複数人が同じ夢を見る……なんて現象が起きる」

「〈夢糸〉から〈魂糸〉が吸い上げられるなんて、聞いたことない」

「うん……しかし、〈夢糸〉が〈魂糸〉からほつれたものなら、それは〈魂糸〉と同じだ。〈魂糸〉でできることは、〈夢糸〉でもできるだろう。どこかの誰かが、他人の〈夢糸〉を絡め取って、そこから本体の〈魂糸〉を吸うこともできるかもしれない。それは、辿ってみればわかったはずだ。何故切った?」

「あのままだと衰弱する」

「なるほど。でも、それは〈霊鬼割〉らしくない考え方だな。お父さんの知っている八千穂は、もっとクールだったはずだ」

「そう?」

「ああ。おばあちゃんがそういう人だったからね」

 確かに、今まで鬼に対する以外に、〈霊鬼割〉の力を使うことはあまりなかった。今回のような場合は、あの糸を辿って鬼を探すのが、最も効率的なやり方だったはずだ。鬼が力を失えば、結果的に幸江も目覚めただろう。でも――八千穂はそれでは間に合わないと思った。

「毅瑠」八千穂は呟いた。「毅瑠なら、きっとそうしろって言う」

 それを八千穂は確信できた。だから、自分の判断は間違っていない。

「その毅瑠とやらは、〈霊鬼割〉がどういう存在なのかを知っているのか? 知った上で、なお被害者のことまで考えろと?」

 八千穂は頷いた。

 弦悟はグラスに残った氷を口に放り込むと、渋い顔をしてそれをかみ砕いた。

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