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ひきわり  作者: 夏乃市
第三章 夢喰い事件
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夢喰い事件 4

 そこは古ぼけたアパートの一室だった。

 弦悟と八千穂は、玄関からまっすぐ寝室に通された。蒲団を二組敷けば一杯になってしまうその部屋で、彼女は寝ていた。

「娘の八千穂です」弦悟が昨日の男に紹介をした。

茂庭もにわです。こちらが家内の幸江さちえです。どうか、よろしくお願いいたします」

 茂庭は弦悟と八千穂に深々と頭を下げた。弦悟は軽く頷くと、幸江の傍らに膝を付いた。八千穂は立ったまま見下ろす。幸江は、普通に眠っているようにしか見えなかった。しかし、もう一週間もこのままなのだという。

 弦悟は幸江の肩を揺すってみた。始めは軽く、やがて大きく。続いて軽く頬を張る。最後は大きな声で活をいれる。しかし、幸江はまるっきり反応しなかった。緩やかに上下する胸だけが生きていることの証だ。弦悟は幸江のまぶたを無理やり開いてみた。瞳球が小刻みに動いていた。

「夢を見ているようですな。しかし……」

 まぶたを強引に開けば、部屋の蛍光灯の光が目に入る。普通なら、その眩しさに反応しそうなものだが、それもなかった。

「一通りのことはやってみました」と茂庭。

「まあ、そうでしょうな」

 弦悟と八千穂は、幸江が寝ている蒲団の脇に簡易の神棚を設えた。榊を差し、清めの水を撒く。そして弦悟が神棚の前に正座をした。

「では、始めさせていただきます」弦悟は大幣おおぬさを振り、祝詞のりとを唱え始めた。「たかあまはらにかむづまります――」

 部屋の隅では、茂庭が手を合せて一心に拝んでいた。その目はきつく閉じられている。それを見て、弦悟が八千穂に目配せをした。

 八千穂は小さく頷いた。その右のうなじ辺りから、淡く輝く光の束が現れる。虹色に輝くそれは、見る見る長くなり、腰までの長さの三つ編みを形作った。

 八千穂は〈霊鬼割ひきわり〉の力で、幸江の〈魂糸たまいと〉をた。命そのものである見えない命の糸〈魂糸〉――幸江のそれは随分と減っていた。しかし、〈魂糸〉が減っていることと、目を覚まさないことの因果関係がよくわからない。減っていても、は切れているわけではない。やはり、医者が気付かなかっただけで、何かの病気ではないのか――

 と、幸江の〈魂糸〉が体の外へ伸びたように見えた。それはあまりにも一瞬で、八千穂は気のせいかと思った。しかし、幸江の〈魂糸〉は減っていた。

(何?)

 それは――細い、細い糸だった。通常の〈魂糸〉よりもさらに細い――

(これも……〈魂糸〉?)

 その微かな糸は、幸江の頭付近から出て、閉めきられた雨戸をすり抜け、外へと続いていた。八千穂は意識を集中した。気を抜くと見失ってしまいそうだった。でも、間違いない。

 この糸はどこかに――いや、誰かに繋がっている。その誰かは、この細い〈魂糸〉を経由して、幸江の命を少しずつ吸い上げている。〈魂糸〉が吸い上げられる瞬間、この細い糸は通常の〈魂糸〉の太さになる――それが、さっき八千穂が見たものだろう。恐らく、彼女が眠り続けているのも、この細い〈魂糸〉の先に存在する何者かが原因だろう。眠る人間から〈魂糸〉を吸う者――〈魂糸〉を使って他人を傷つける存在――鬼。外へと続くこの糸を辿れば、その先にきっと鬼がいる――

 しかし、八千穂は素早く背後へ手を回すと、解けた右の三つ編みの中から漆黒の剣〈髪逆かみさか〉を抜き、それを振るった。糸は手応えもなく千切れた。

 これには弦悟が驚いた。祝詞が止まる。

 異変に気がついて茂庭も顔を上げたが、そのときには〈髪逆〉は既に八千穂の三つ編みの中へと収まっていた。

 茂庭がもの問いたげな表情で見ている。弦悟が一瞬言葉に詰まる中、八千穂は蒲団を跨ぐと、幸江の頬を思い切り張った。そして、雨戸を乱暴に開ける。窓から、強烈な夏の日差しが部屋に飛び込んできた。

「あんた、何をする!」

 驚いた茂庭が八千穂に詰め寄ろうとしたとき、幸江がむずかった。はっ、と茂庭が幸江に近寄る。

「おい!」

「あら、もう朝?」幸江が伸びをした。

「もう昼」八千穂が窓際でぶっきらぼうに言う。

 巫女装束の八千穂。神主装束の弦悟。そして神棚――室内の様子を見渡して、幸江は口をあんぐりと開けた。

「あんた、これは何の真似よ?」

 それを合図に、茂庭がわっと泣き出し、幸江に抱きついた。

 弦悟はその様子を見ると、さっさと神棚を片付け始めた。

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