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ひきわり  作者: 夏乃市
第三章 夢喰い事件
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夢喰い事件 2

「七穂小母様、お邪魔いたしました」

 夏目の口上に続いて、全員が揃って頭を下げた。

「何のお構いもできませんで。また来て頂戴いね」

「はい。お言葉に甘えさせていただきます」

 夏目は、その気になればいくらでも優等生を演じることができる。どうしたらこんな風に言えるようになるのだろう、と八千穂はいつもながら驚嘆していた。歳は二つ上。でも、二年後の自分が、夏目のような挨拶をするところなんて想像がつかない。

 神社の鳥居の下から、綾音が手を振っていた。八千穂も小さく振り返した。

 八千穂は、所属する一年F組の中では、未だに友達ができなかった。

 四月の事件――俗に言う〈銅像生け贄事件〉――のとき、ちょっとした嫌がらせがあった。でも、夏目や毅瑠のお陰で、目に見えて八千穂にちょっかいを出す生徒はいなくなった。でも、それだけ。普段彼女に話しかけるクラスメイトはいない。

 それでも、八千穂はあまり苦にしていなかった。元々、小中学校のときも友達はほとんどいなかった。なにより、今は生徒会の仲間たちがいる。毅瑠。綾音。夏目。そして、希奈、作、道生、太一、力――八千穂は正直に、好きな順番にその顔を思い浮かべた。もちろん、最後になったからといって、力が嫌いなわけじゃない。今日はいなかった力。八千穂は、最後になってしまった力への言い訳を、必要もないのにしきりに考えた。

 気が付くと、夏の遅い夕日が、鳥居の朱色を溶かしたように空を染めていた。

 八千穂が玄関に入ると、見覚えのない靴があった。

「八千穂。お客様が居間にいらっしゃっているの。後片付けはいいわ」

 七穂の言葉に、八千穂は黙って頷いた。しかし、生徒会の書類などは部屋に引き上げたい。七穂にそう言うと、廊下にまとめてあるとのことだった。

 はたして、居間の前の廊下に、書類は綺麗に積み上げられていた。

「眠ったまま起きんのです」

 その声は居間から聞こえた。父、神坂弦悟かみさかげんごのものではない。

「いつからですか?」今度は弦悟の声だ。

「もう二週間になります。最初は、朝寝坊程度だったのですが……段々酷くなりまして、起きていても譫言うわごとを言うようになって……」

「譫言?」

「その……夢の中で、誰かと会っとるようなんです」

(――?)

 八千穂は思わず耳をそばだてた。昼間の、力の話を思い出したからだ。

「医者は、ただ眠っとるだけだ、と言うんです。でも……なんというか……私は、何か悪いものに取り憑かれたんじゃないかと思いまして……。だから神坂さん、家内を一度、祓ってやってくれませんですか?」

 弦悟は神坂神社の神主だ。その弦悟を頼っての客のようだった。

「あら、八千穂。何やってるの?」

 廊下でじっと聞き耳を立てていた八千穂は、七穂に声をかけられて飛び上がった。

「お母さん。ええと……」

「何をやっているんだ。お客様がお帰りだ」

 居間の障子が開いて、弦悟が客を従って出てきた。客は五十がらみの、疲れた姿をした男性だった。

「じゃあ、神坂さん、よろしくお願いします」

 玄関で何度も頭を下げ、その客は帰っていった。

 勢い、八千穂も七穂も一緒に見送ることになった。玄関を閉めると、弦悟が深いため息をついた。

「八千穂、〈魂見鏡たまみきょう〉を貸しなさい」

「ない」

「何?」

「毅瑠が持ってる」

「毅瑠って……誰だ?」

「ほら、以前お話ししたじゃない。八千穂のボーイフレンド」

 七穂が言い、八千穂は小首を傾げた。

「な……何故だ?」

「あなた。八千穂だって年頃なんですから」

「馬鹿! そうじゃない。〈魂見鏡〉を渡しただと? つまり、その何とかって奴は、お前のことを知っているってことか?」

「毅瑠」

「名前なんてどうでもいい!」弦悟は呆れたように首を振った。「……仕方がない。八千穂。明日、父さんと一緒に来なさい。さっきのお客さんのところだ」

 何とかって男のことはまた今度だ、弦悟はそう言って自室に引き上げた。

「お母さん」

「なあに?」

「私、悪いことした?」

 七穂が首を振った。

「八千穂がそうした方がいいって、そう思ったんでしょ?」

「そう」

「なら、何も悪いことはないわ」

 ぽんぽん、と軽く八千穂の頭を撫でて、七穂は台所に向かった。

 取り残された八千穂は、書類の束を抱えたまま、毅瑠のことを考えた。

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