夢喰い事件 1
照りつける太陽が石畳から陽炎を立ち上らせている。蝉たちの鳴き声が、これでもかと響き渡る。八月。神坂神社の境内は夏真っ盛りだった。
神社の裏手に建つ神坂家の居間では、高校生たちの声が喧しかった。
「あ――、純和風、日本の夏、落ち着くわねえ」
タンクトップにミニスカート、加えて見目涼しげなショートカットの水村作が、盛大に団扇を仰ぎながら言った。畳に両足を投げ出し、なんとも恥じらいがない。
「作ちゃん! 遊びに来てるんじゃないのよ」
その脇でノートパソコンとにらめっこをしている木谷希奈が口を尖らせた。こちらは麻の半袖シャツに膝丈スカートで、きっちり正座している。ヘアバンドに眼鏡というアイテムが相まって、幾分垢抜けない。
「希奈先輩、そんなに根を詰めなくても、全部夏休み明けのイベントじゃないですか」
ノートパソコンと繋がったプリンターの前で、吐き出される書類の校正をしていた向井毅瑠が言う。Tシャツにジャージーの膝丈ズボン姿だ。
「縁田先輩はサッカー部の合宿ですか? どこまで行ってるんですか?」
チューブトップに膝丈ジーンズで、毅瑠と並んで校正をしていた乙蔵綾音が訊いた。トレードマークのバレッタは、涼しげなイルカを模した物だ。
「長野県らしいよ」
何やら本を積み上げて調べ物をしていた山瀬道生が、顔も上げずに答えた。夏だというのに、長袖の綿のシャツを着込んでいる。
「はいはい、お疲れ様。神坂家特製麦茶と、西瓜の差し入れよ」
大きなお盆を持って居間に入ってきたのは、戸時夏目と神坂八千穂だ。二人は申し合わせたように白いワンピースを着ていた。夏目は、長い髪を珍しく二本の三つ編みにしている。八千穂はいつも通り、左一本だけの三つ編み姿だ。
夏目の言葉に、居間にいた全員が仕事を放り出した。
梅雨の時期に発生した〈二年C組テレパシーカンニング事件〉。あの事件以降、八千穂は正式に生徒会の仕事を手伝うようになっていた。加えて、なんのかんのと綾音も顔を出すようになった。生徒会としては、手伝ってくれる人数が多いに越したことはない。なにしろ、二学期は体育祭や文化祭などの行事が目白押しなのだ。この分だと、綾音も正式に生徒会事務員になることになりそうだった。
その生徒会の面々が、神坂家の居間に集まっているのは理由がある。
夏休み当初は、律儀に学校の生徒会室に集まっていたのだが、これだけの人数が集まると狭い。申し訳程度のエアコンはあるのだが、夏休み中は使用が制限されているため、とにかく暑い。あまりの暑さに閉口した夏目が、どこか涼しい場所を探せと命じたのだった。
図書館だ、喫茶店だ――と、ありきたりな場所が数々挙がったが、生徒会活動をする場所としては適さない。全員のネタが尽きた頃に、八千穂がぼそっと呟いた。
「うち」
純和風建築の神坂家は、エアコンはないものの、天井が高く広い。敷地が広く、木立も多い。高台にあるため風通しも良い――と、良いことずくめだった。
結果、ここが臨時の生徒会室となり、集まるのは今日で三度目だった。
「作先輩、力先輩はどうしたんですか?」毅瑠が西瓜にかぶりつきながら訊いた。
「私が出てくるとき、まだ寝てたのよ」
作と力は双子の姉弟だ。
「この暑いのに、よく眠れるわね」希奈が心底感心したように言う。
「寝る子は育つって言うけどね」と夏目。
「げ……、これ以上あいつに大きくなられたら、姉の威厳はどうしたらいいの?」
最近、力に身長で追い越されたことが、作はかなりショックだったらしい。
「それはしょうがないんじゃないですか? 男子と女子だもの」
綾音が慰めようとするが、あまり効果はなかったようだ。
「それにしても、ここのところ、力の奴寝過ぎのような気がするのよね。起きてきてもぼーっとしてて、変なこと言うし」
「変なことってなんです?」と道生。
「夢の中でランデブー」
一瞬の静寂――そして、大爆笑。八千穂だけが首を傾げている。
「な、な、なんですかそれ?」綾音が畳の上で腹を抱えて悶えてた。
「綾音。ランデブーって何?」
八千穂が本気で訊いたことが、さらに綾音の笑いのツボを突いたようだ。既に声にならない。
「八千穂ちゃん。ランデブーっていうのは逢引きのことよ。簡単に言えばデートかな」そう答えたのは夏目だった。
「で、力君は夢の中で誰と逢引きしているの?」
希奈が目を輝かせて作に詰め寄った。どうやら興味津々のようだ。
「言わないのよ、これが」
「力君の好きな人って誰だっけ?」
「夏目でしょ?」
「あら、私?」
「じゃ、夢で夏目とランデブー?」
更なる笑いの爆弾が、神坂家の居間に落ちた瞬間だった。