表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひきわり  作者: 夏乃市
第三章 夢喰い事件
53/106

夢喰い事件 1

 照りつける太陽が石畳から陽炎を立ち上らせている。蝉たちの鳴き声が、これでもかと響き渡る。八月。神坂神社の境内は夏真っ盛りだった。

 神社の裏手に建つ神坂家の居間では、高校生たちの声がかまびすしかった。

「あ――、純和風、日本の夏、落ち着くわねえ」

 タンクトップにミニスカート、加えて見目涼しげなショートカットの水村作みずむらさくが、盛大に団扇を仰ぎながら言った。畳に両足を投げ出し、なんとも恥じらいがない。

「作ちゃん! 遊びに来てるんじゃないのよ」

 その脇でノートパソコンとにらめっこをしている木谷希奈きたにきなが口を尖らせた。こちらは麻の半袖シャツに膝丈スカートで、きっちり正座している。ヘアバンドに眼鏡というアイテムが相まって、幾分垢抜けない。

「希奈先輩、そんなに根を詰めなくても、全部夏休み明けのイベントじゃないですか」

 ノートパソコンと繋がったプリンターの前で、吐き出される書類の校正をしていた向井毅瑠むかいかたるが言う。Tシャツにジャージーの膝丈ズボン姿だ。

縁田えにしだ先輩はサッカー部の合宿ですか? どこまで行ってるんですか?」

 チューブトップに膝丈ジーンズで、毅瑠と並んで校正をしていた乙蔵綾音おとくらあやねが訊いた。トレードマークのバレッタは、涼しげなイルカを模した物だ。

「長野県らしいよ」

 何やら本を積み上げて調べ物をしていた山瀬道生やませみちおが、顔も上げずに答えた。夏だというのに、長袖の綿のシャツを着込んでいる。

「はいはい、お疲れ様。神坂家特製麦茶と、西瓜の差し入れよ」

 大きなお盆を持って居間に入ってきたのは、戸時夏目とときなつめ神坂八千穂かみさかやちほだ。二人は申し合わせたように白いワンピースを着ていた。夏目は、長い髪を珍しく二本の三つ編みにしている。八千穂はいつも通り、左一本だけの三つ編み姿だ。

 夏目の言葉に、居間にいた全員が仕事を放り出した。

 梅雨の時期に発生した〈二年C組テレパシーカンニング事件〉。あの事件以降、八千穂は正式に生徒会の仕事を手伝うようになっていた。加えて、なんのかんのと綾音も顔を出すようになった。生徒会としては、手伝ってくれる人数が多いに越したことはない。なにしろ、二学期は体育祭や文化祭などの行事が目白押しなのだ。この分だと、綾音も正式に生徒会事務員になることになりそうだった。

 その生徒会の面々が、神坂家の居間に集まっているのは理由がある。

 夏休み当初は、律儀に学校の生徒会室に集まっていたのだが、これだけの人数が集まると狭い。申し訳程度のエアコンはあるのだが、夏休み中は使用が制限されているため、とにかく暑い。あまりの暑さに閉口した夏目が、どこか涼しい場所を探せと命じたのだった。

 図書館だ、喫茶店だ――と、ありきたりな場所が数々挙がったが、生徒会活動をする場所としては適さない。全員のネタが尽きた頃に、八千穂がぼそっと呟いた。

「うち」

 純和風建築の神坂家は、エアコンはないものの、天井が高く広い。敷地が広く、木立も多い。高台にあるため風通しも良い――と、良いことずくめだった。

 結果、ここが臨時の生徒会室となり、集まるのは今日で三度目だった。

「作先輩、力先輩はどうしたんですか?」毅瑠が西瓜にかぶりつきながら訊いた。

「私が出てくるとき、まだ寝てたのよ」

 作と力は双子の姉弟だ。

「この暑いのに、よく眠れるわね」希奈が心底感心したように言う。

「寝る子は育つって言うけどね」と夏目。

「げ……、これ以上あいつに大きくなられたら、姉の威厳はどうしたらいいの?」

 最近、力に身長で追い越されたことが、作はかなりショックだったらしい。

「それはしょうがないんじゃないですか? 男子と女子だもの」

 綾音が慰めようとするが、あまり効果はなかったようだ。

「それにしても、ここのところ、力の奴寝過ぎのような気がするのよね。起きてきてもぼーっとしてて、変なこと言うし」

「変なことってなんです?」と道生。

「夢の中でランデブー」

 一瞬の静寂――そして、大爆笑。八千穂だけが首を傾げている。

「な、な、なんですかそれ?」綾音が畳の上で腹を抱えて悶えてた。

「綾音。ランデブーって何?」

 八千穂が本気で訊いたことが、さらに綾音の笑いのツボを突いたようだ。既に声にならない。

「八千穂ちゃん。ランデブーっていうのは逢引きのことよ。簡単に言えばデートかな」そう答えたのは夏目だった。

「で、力君は夢の中で誰と逢引きしているの?」

 希奈が目を輝かせて作に詰め寄った。どうやら興味津々のようだ。

「言わないのよ、これが」

「力君の好きな人って誰だっけ?」

「夏目でしょ?」

「あら、私?」

「じゃ、夢で夏目とランデブー?」

 更なる笑いの爆弾が、神坂家の居間に落ちた瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>現代FTシリアス部門>「ひきわり」に投票
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ