表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひきわり  作者: 夏乃市
幕間その二
51/106

毅瑠の遊園地大作戦

「チホ、ゴールデンウイークはどこかに遊びに行く予定あるのか?」

「ない」

 四月下旬。学園中を震撼させた〈銅像生け贄事件〉が一段落し、涼心学園高校は平静を取り戻していた。そして、明日からゴールデンウイークに入る。

 事件を通して知り合った向井毅瑠むかいかたる神坂八千穂かみさかやちほは、最近一緒に行動することが多い。今は、二人揃って下校途中だ。

「何かその他の予定があるのか?」

「別にない。なんで?」

「……もし良かったらだけど、一緒に遊園地でも行かないか?」

「遊園地?」

「そ。暇なら遊びに行こう。……友達同士」

 八千穂はしばらく考えていたが、「行く」と言って頷いた。



「すごい人」

「そうだな……」

 ゴールデンウイークの一日。毅瑠と八千穂は、郊外の遊園地へとやってきていた。

 毅瑠としては、駅前で待ち合わせなどをしたかったのだが、その提案には八千穂が首を傾げた。確かに、駅で待ち合わせるより、どちらかの家まで行った方が近いのだが――。仕方なく、毅瑠は神坂神社まで八千穂を迎えに行ったのだった。

 淡い色のワンピースの上にパーカーを羽織った八千穂は、制服姿より幼く見えた。変な話だが、制服姿が非常に大人っぽく見える八千穂は、これでやっと年相応といえた。

「とにかく入場しなくちゃ。列に並ぼう」

 ゴールデンウイークの遊園地は混んでいた。入場券売り場から長蛇の列ができている。

「チホは遊園地に来たことあるか?」

「小さい頃、お父さんとお母さんと」

 基本的に八千穂は言葉数が少ない。遊びに来れば少しははしゃくだろうか、と毅瑠は考えていたが、そんな様子もあまりなかった。

 三十分ほど並んで、二人はようやく入園することができた。

「さて、何から乗ろうか」

「わからない」

 周囲をきょろきょろと見回しながら、八千穂が呆然と言った。本当に判断が付かないようだった。

「よし。じゃあ、端から乗るか」

 ここぞとばかり、毅瑠は先頭に立って歩き始めた。



 一番近いアトラクションはメリーゴーラウンドだった。端からと宣言したものの、高校生でこれは恥ずかしい――と毅瑠は腰が引けた。

「これは……やめておこうか」

「なぜ?」

 いきなり発言を翻したとあっては男らしくないと考えた毅瑠は、腹を決めて列に並んだ。

 小さい子供が多いのは当然だが、毅瑠達と同い年くらいのカップルも結構並んでいた。そして、ここでも長蛇の列。八千穂は文句一つ言わずに並んでいるが、毅瑠は先が思いやられた。

 毅瑠達の目の前で、メリーゴーラウンドは何度となく回った。軽やかな音楽に合わせて、くるくると回る。八千穂がそれをかれたように見入っていた。

「綺麗」

「そうかな? 随分と痛んでるし、ちょっと白々しいよな」

「……」

 八千穂から向けられた非難の眼差しに、毅瑠は口をつぐんだ。

「毅瑠、夢がない」

「でも、俺は〈夢飼い〉かもしれないんだろ?」

「違う気がしてきた」

 本人が夢のある思考形態をとることと、〈夢飼い〉なる能力者であることに、何か相関関係があるのだろうか。じりじりと進む列の中で、毅瑠はぼんやり考えた。



「やっぱり、乗り物を選ぼう」

 メリーゴーラウンドを下りた毅瑠は、八千穂に提案した。メリーゴーラウンドだけで三十分以上を要している。このペースで端から乗っていたら、半分も行かないうちに日が暮れる。

「毅瑠に任せる」

「チホは、ジェットコースターは大丈夫か?」

「乗ったことない」

「あれだ」

 毅瑠が指さした先には、遊園地の目玉であるジェットコースターがそびえていた。疾走するコースターから、乗客の甲高い叫び声が聞こえる。

「乗る」

「よし」

 当然だが、ここでも長蛇の列ができていた。毅瑠は事前に二人分のジュースと菓子を買って、列に並んだ。

「お行儀悪い」

 立って菓子の袋を開ける毅瑠を、八千穂が咎めた。

「遊園地ではいいんだよ」

「本当?」

「……七穂小母さんて、そういうところ厳しいのか?」

 八千穂が首を傾げる。比較対象がないのだから、厳しいのかどうかわからないのだろう。

 毅瑠が差し出した菓子の袋に、八千穂は恐る恐る手を入れた。そして、幾分居心地悪そうにそれを口に運ぶ。

「……」

 なんだろう。毅瑠は、そんな些細な初々しさに、妙に胸が高鳴るのを感じた。

 一時間近く並んで、ようやく二人はジェットコースターに辿り着いた。

「前のバーをしっかり握ってください」

 係員の言葉に、八千穂がきまじめに頷く。はたして、八千穂は叫び声をあげるだろうか?

 ジェットコースターがゆっくりと動き出した。毅瑠はちらちらと八千穂を見る。バーをしっかりと握り、前を直視している。その瞳に揺らめくのは期待か――

 がくん、と唐突にコースターが下を向き、急加速が始まった。

 上へ、下へ、右へ、左へ、ジェットコースターは限界まで客を揺さぶり、その叫び声を絞り出そうとする。さすがの毅瑠も八千穂を見る余裕がなく、楽しい叫び声をあげる。すぐ脇では八千穂の声が――

「叫び声上げなかったな」

 ジェットコースターを下りて、ふらつく体で毅瑠は言った。終始気にしていたわけではないが、八千穂の叫び声は聞こえなかった。

 八千穂は無言で小さく頷いた。

「面白かったか?」

「……」

 八千穂の返事がない。と――

「あ!」

 毅瑠の背後で、小さな女の子らしき声がした。同時に八千穂が飛び出す。一瞬遅れて振り返った毅瑠が見たものは――転んだ女の子と、同じく転んだ八千穂と、空へと舞い上がる風船だった。

「チホ?」

 どうやら、女の子が転んで風船を放してしまったので、それを捕まえようと飛び出したらしい。そして、上手くいかずに自分も転んだ――普段の八千穂ならそんなことはありえないから、これはそうとうジェットコースターが効いているようだ。

「あらあら大丈夫?」

 母親が女の子を抱き起こした。

「うん、みなこ平気。でもお姉ちゃんが」

 女の子は自分が転んだことよりも、目の前で同じように転んだ八千穂に驚いてしまったようだ。飛んでいってしまった風船も忘れている。

「あなた、大丈夫?」母親が今度は八千穂に訊いた。

「平気」

 八千穂は悔しそうに風船を見上げながら言った。

 毅瑠は八千穂に手を差し出すと、助け起こした。

「ジェットコースター、苦手だったんだな」

「知らなかった」

 よく見れば、八千穂の顔色が幾分蒼いような気がする。

「よし、一休みして昼飯にしよう。午後はあんまり激しいのはやめような」

 八千穂はゆっくり頷いた。



 夕方、家路につく人混みに紛れて、毅瑠と八千穂も遊園地を後にした。

 午後はアトラクションにはあまり乗らず、売店を見たり、園内を歩くキャラクターのぬいぐるみを眺めたりして過ごした。それでも二人は、充分遊園地気分を満喫した。

 遊園地からバスに乗り、地元のK駅前に到着した二人は、駅前の喫茶店に入った。チェーン店ではない、ちょっと洒落た喫茶店だった。ちょうど空いた窓際の席に座り、二人ともブレンドコーヒーを頼む。

「喫茶店初めて」八千穂が呟いた。

「え? 嘘だろ?」

「……根岸さんの店以外は初めて」

 根岸さんの店というのは、八千穂の家の近所にある喫茶店らしい。父親と一緒に何度か入ったことがあるという。

「意外だな。コーヒー好きのチホなら、あっちこっちの喫茶店に行っているもんだと思っていた」

「喫茶店に入るのには勇気がいる」

「まあ、女子高生ひとりじゃ入りずらいか」

「値段も高い」

「チェーン店は安いだろ?」

「家で飲んだ方が安い」

「まあ、そうだな」

 一人喫茶店でだらだらする理由も趣味も八千穂にはないのだろう。

 そうこうしているうちに、ブレンドコーヒーが運ばれてきた。

 最初の一口で、八千穂の顔色が変わった。

「美味しい」

「そうだな」

「この風味は初めて」

「喫茶店も、店によって違うからな」

「……」

 しばし無言で、八千穂はコーヒーを堪能した。毅瑠はその様子を見ながら、幾分複雑な心境だった。一日かけた遊園地よりも、今の八千穂の方が楽しそうだ。

「なあ、チホ」

「なに?」

「今度、喫茶店巡りをしようか?」

「本当?」

 八千穂が身を乗り出す。

「俺もそんなに知っているわけじゃないけど、一緒に調べよう。一日中だらだらと、じゃべったり、本を読んだりしてさ。遊園地とどっちがいい?」

「喫茶店」

 八千穂は即答した。毅瑠は苦笑せざるをえなかった。

 ゴールデンウイークに際して、毅瑠は道生に相談をしていた。八千穂と一緒に遊びに行くのに最初はどこがいいか? と。道生のお薦めは遊園地だった。自分はいつもそうだ、と言っていた。恋愛ごとでは道生の方が進んでいると思っている毅瑠は、そのアドバイスをいれることにした。それで、今日のデート――八千穂はデートだなどと思っていなさそうだが――となったのだが。

「道生……人それぞれってことだな」

「なに?」

「いや、なんでもない」

 それでも今日は収穫がいっぱいあった。

 八千穂は立ってお菓子を食べるのは行儀が悪いと言った。

 八千穂はメリーゴーラウンドが綺麗だと言った。

 八千穂はジェットコースターが苦手だった。

 八千穂は喫茶店に入ったことがなかった。(近所の根岸さんのところは除く)

 そして、八千穂と喫茶店巡りの約束をした。

 八千穂は俺について少しでも新しい発見をしてくれただろうか、と毅瑠は思う。

 こうして、少しずつ――少しずつ――

 神坂八千穂という女の子が、毅瑠の中で大きくなっていく――



《毅瑠の遊園地大作戦 了》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>現代FTシリアス部門>「ひきわり」に投票
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ