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ひきわり  作者: 夏乃市
第二章 銅像生け贄事件
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銅像生け贄事件 24

 一般教室棟は大騒ぎだった。

 二階から四階まで、各クラスの窓ガラスがすべて割れていた。正子がいる保健室は校庭に面していて、窓から一般教室棟は見えない。窓から溢れた正子の〈魂糸〉は、わざわざ特別教室棟を回り込んで、一般教室棟の各クラスまで達していたのだ。毅瑠はその事態の大きさにおののいた。

 多くの生徒が飛び散ったガラスで怪我をしていた。特に、グラウンドでの体育の授業が早めに終わり、中庭を歩いていた生徒の何人かが、降ってきたガラスを受けて重傷だった。

 しかし、今の時点で命さえ落としていなければ大丈夫――毅瑠は自分にそう言い聞かせながら、廊下を走った。目指すは生徒用の昇降口。下駄箱脇に今朝置いたロープ。

 毅瑠はロープを抱えると、上履きのまま中庭に飛び出した。怪我をした生徒と、それを介抱する教員たちが見える。挽田香のときと同じく、学園中の生徒の視線が中庭に集まっている。

「毅瑠」

 八千穂が何かを抱えて駆け寄ってきた。事務室に常備してある拡声器だった。毅瑠はそれを受け取ると、ボリュームを最大にした。

「生徒会書記の向井毅瑠です」

 その場違いな名乗りは、学園中に響いた。中庭も教室もしんと静まり返る。遠く聞こえる救急車のサイレンは、ここを目指しているに違いない。

「これは一連の事件の最終章です」毅瑠は声を張り上げた。「挽田さんのことは残念でした。でも、結果的にあれが目覚めさせてしまったのです」

 毅瑠は一旦間を取った。そして、右手を挙げると、ブルーシートがかけられた銅像を指さした。

「この銅像が血の味を覚えてしまった」

 学園中が息を飲んだ。

「だから壊します」

 毅瑠が学園中の目を引きつけている間に、八千穂が身軽に銅像にとりついていた。そして、頭にあたる部分にロープをぐるぐるに巻き付けた。中庭には教職員も多くいたが、毅瑠の言葉に気を取られていて、八千穂を止めようとするものはいなかった。

 拡声器を放り出した毅瑠は、ロープの端を拾い上げると、近くに止めてあったRV車の後部バンパーに結びつけた。誰の車だったか思い出せなかったが、今の毅瑠にはそんなことは関係なかった。

 毅瑠は花壇の縁石の一つを持ち上げると、それを力一杯運転席のガラスに叩き付けた。鈍い音と共にガラスにひびが広がる。何度か石を振るってガラスを割ると、毅瑠は運転席に飛び込んだ。

 しかし、鍵がない。どうしようか――と思った瞬間、車のエンジンがかかった。

 毅瑠が顔を上げると、少し離れたところに八千穂がいた。今は〈魂見鏡〉をつけていないから見ることができないが、彼女が〈魂糸〉を使ってエンジンをかけたのは間違いなかった。

 毅瑠は八千穂に向かって小さく頷いた。八千穂は無表情で身を翻した。

 毅瑠は父親の車を思い浮かべる――ギアは確かD。それからサイドブレーキを外す。そしてハンドルをぎゅっと握ると、アクセルを力一杯踏み込んだ。

 がくん、と衝撃が来て、ロープが一杯に張られる。タイヤが空転し、ゴムの焦げる匂いが立ちこめる。エンジンが甲高い音を立て、ボンネットから煙が出始める。それでも毅瑠はアクセルを踏み続ける――

 少しずつ、少しずつ、車は進み――突然、手応えが消えて、目の前の駐輪場へと突っ込んだ。そして――

 大地を揺るがすような轟音と共に、盛大な砂埃が中庭に舞った。

 銅像は見事横倒しになり、校舎からは大歓声があがり、直後に救急車が到着した。しかし、車の運転席で気を失っていた毅瑠は、そのどれにも気が付かなかった。

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