銅像生け贄事件 23
〈髪逆〉に〈魂の要〉を貫かれると、〈魂糸〉が一時麻痺するという。
正子は、胸を〈髪逆〉に貫かれたまま床に崩れ落ちた。今まで光り脈動していた〈魂糸〉が、光を失って静かになっていた。
八千穂は左掌を広げると、ゆっくりと正子の額にあてた。その左手の指が、操り人形を繰るがごとく、正子の額にリズムを刻む。
正子は意識があった。しかし、思い通りに体を動かせないようだった。それでも、彼女は口を開いた。
「向井君……」
毅瑠は正子の傍らに座り込んでいた。〈魂糸〉は刺さったままだ。
「私……死ぬの?」
「命を本来の形に戻すんだ。だから、死なない」
「……また、逆戻りなのね……」
「魂の綾は己が内へ、環を廻し命を紡げ」
八千穂の口から低い詠唱が漏れた。それを合図に、部屋中の〈魂糸〉が少しずつ引き始めた。毅瑠に刺さっていた〈魂糸〉も抜ける。それはすべて――吸い込まれるように、正子の体へと収まっていった。
どれ程の時間が経ったのだろうか。すべての〈魂糸〉が正子へと収まった。八千穂の左手がさらに激しく正子の額にリズムを刻む。毅瑠は〈魂見鏡〉を通して、正子の中の魂が編み上げられていくのを見た――そして、同時に、八千穂自身の〈魂糸〉が編み直されるのも見た。
生きるために、八千穂もまた他人の命を取り込んでいる。鬼を狩る――という名目の元に。正子と八千穂の差、それが許されるか許されないかは、いったい誰が決めたことだろう――
毅瑠の目の前で、正子の命があるべき姿を取り戻した――それは〈霊鬼割〉の力――命の輪の復元――
「封!」八千穂が気合い入れると、正子の体が大きく跳ねた。それで、終わりだった。
毅瑠は、気を失った正子をベッドへ運んだ。養護教諭についてはどうすることもできない。完全に失われてしまった〈魂糸〉は、〈霊鬼割〉をもってしても、元に戻すことはできないのだ。
開け放ったままの扉から一般教室棟が見える。そこには、叫び声や怒声が溢れている。すぐに、ここ保健室に大勢が押しかけてくるだろう。
正子の施術が完了した今、事件の半分は終わったといえる。しかし、学園全体では事件はまだ進行中だ。
「すべてに決着を付けなくちゃいけない」
八千穂は〈霊鬼割〉としての役割を果たした。毅瑠も生徒会役員としての役割を果たさねばならない。正子のこと、養護教諭のこと――挫けそうになる心を奮い立たせ、本当の意味で事件を終結させるために、毅瑠と八千穂は保健室を後にした。