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ひきわり  作者: 夏乃市
第二章 銅像生け贄事件
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銅像生け贄事件 22

 異変は四時間目の授業が終わりに近付いた頃始まった。

 中庭に面した窓ガラスが、ガタガタと小刻みに揺れ始めたのだ。毅瑠は最初、地震かと思った。しかし、足元は揺れていない。

 次第にガラスの揺れは強くなってくる。ビシッとどこかにひびが入った音がして、クラス中が騒然となる。

(おかしい……)

 何かが毅瑠の中で警鐘をならした。嫌な予感がした。毅瑠はポケットから〈魂見鏡〉を取り出すと、もどかしい思いでそれをかけた。そして見たものは――

 無数の〈魂糸〉が窓ガラスを叩く、異形の光景だった。

「佐藤さんは?」

 周りを気にする余裕もなく、毅瑠はクラスメイトに質す。

「だから、体調を崩して保健室で……」

 毅瑠は最後まで聞かずに教室を飛び出した。直後に、盛大な音を立てて窓ガラスが飛び散った。

 悲鳴、怒号、泣き声――それらを背後に聞きながら階段をかけ下りる。

 朝、予鈴で聞き取れなかった言葉を、何故しっかりと聞き直さなかったのだろう。担任は正子が保健室にいることを知っていたに違いない。

 欠席だと思った。正直ほっとした。それが――落とし穴だった。

 毅瑠は唇をかみつつ、特別棟の一階まで駆けた。保健室に辿り着くと、直後に八千穂が現れた。

「すまない」

「後で」

 二人はそれだけ言葉を交わすと、勢いよく保健室のドアを開けた。

 ベッドの上に正子が座っていた。

「あら、向井君」

 それは――毅瑠の知らない正子だった。げっそりと痩せて、唇は乾き、肌は張りを失っている。しかし――目だけが爛々と輝いていた。

 そして――〈魂糸〉が――

「佐藤さん…」毅瑠はそれ以上の言葉を失った。

 保健室中に蜘蛛の巣のごとく〈魂糸〉が張り巡らされている。そしてそれは、開いた窓から外へと溢れていた。

 ベッドの脇には養護教諭が倒れていた。既に〈魂糸〉がすべて抜き取られているようだった。

 立ち尽くす毅瑠を押し退けて、八千穂が前に進み出た。

「あら、あなた……」

 正子には八千穂の登場が意外だったようだ。

「鬼は狩る」

「私のこと?」

「そう」

 八千穂の右のうなじ辺りから、淡く輝く光の束が現れた。虹色に輝くそれは、見る見る長くなり、腰までの長さの三つ編みを形作る。その三つ編みは先端から解け、中から一振りの漆黒の剣が姿を現した。八千穂は右手でそれを逆手に握ると、引き抜いた。

「お前は、その人の〈魂糸〉を抜いた」

「なにを言っているの?」

 間髪をいれず、八千穂が〈髪逆〉を突き出した。その切っ先が正子の胸に届く――刹那、大量の〈魂糸〉が八千穂を後方に弾き飛ばした。

「何……これ……」

 正子が呆然と呟いた。〈髪逆〉が触れたためか、〈魂糸〉が見え始めたようだ。

「命だ」八千穂が立ち上がりながら言う。

 正子の理解は早かった。その顔が見る見るゆがむ。そして、盛大に笑い始めた。

「あはははははは。いのち? これが私の?」保健室中の〈魂糸〉がどくどくと脈動する。「そういうこと。私、飛び降りたあの三年生の命を喰ったのね? この保健の先生の命も喰ったのね。私、命を喰えるんでしょう?」

 正子の瞳に仄暗い光が宿る。

「〈鬼〉って言ったわね? 人を喰うから鬼なのね? そうでしょ? 向井君!」

 毅瑠は保健室の隅で、ただ見つめることしかできなかった。

 正子がベッドの上でゆらりと立ち上がる。

「あはははは。本当だわ。随分と気分がよくなった。この先生の命を喰ったから? あはははは。これでずっと生きられるのね? 私、生き続けることができるのね!」

「そうはさせない」

 八千穂が〈髪逆〉を構える。正子はそれを鋭い目で見据えた。

「大方、あなたは私みたいな〈鬼〉を退治するっていうんでしょう?」正子は〈鬼〉という言葉をさも楽しそうに使った。「自分も鬼のくせに!」

 その言葉を合図に八千穂が飛び出した。部屋中の〈魂糸〉が八千穂に襲いかかる。八千穂は無表情で〈髪逆〉を振るい、襲いくる〈魂糸〉を次々と切り裂いた。それでも、正子が操る〈魂糸〉の量は一向に減らない。千切れた〈魂糸〉が宙を舞い、毅瑠の目の前で消えていく――それは間違いなく、お互いの命の削り合いだった。

 毅瑠は見ていられなくなり叫んだ。

「佐藤さん! やめてくれ!」

〈魂糸〉の攻勢が止まり、八千穂も間合いを取った。

 正子は毅瑠を見据えると、静かな声で言った。

「なんでそんなこと言うの?」

「何でって……」

「私に死ねって言うの?」

「そうじゃない。寿命をまっとう……」

「ふざけるんじゃないわよ!」

 爆発的に攻撃が再開された。正子の顔は泣いていた。

「病弱な私が、今までどんな想いをしてきたと思うの? 二十歳まで生きられないだろうって。私だって、みんなと一緒に毎日学校に通いたかった。友達と寄り道したり、誰かとデートしたり。なのに、病弱だから全部諦めろって言うの? 私、生きようとしちゃ駄目なの? 悪いことなの? ねえ、向井君! 答えてよ、向井君!」

 八千穂と闘いながら、正子の顔は毅瑠を向いていた。――毅瑠は一言も返すことができなかった。

 しかし八千穂は、正子の言葉に動揺した様子はない。確実に〈魂糸〉の攻撃を退けながら、正子との間合いを詰めていった。少しずつ――確実に――

 そうして気が付けば、襲いくる〈魂糸〉が減っていた。正子の顔に微かな焦りが浮かぶ。窓の外に伸びた〈魂糸〉が脈動する――また、誰かの命を取り込むつもりか――

 毅瑠は反射的に飛び出した。

「それ以上はやめるんだ!」

「毅瑠!」

 八千穂の声が聞こえた。

 正子が驚いた顔をしている。

 八千穂と正子の間で――〈魂糸〉の束が毅瑠を貫いていた。

「向井……君?」

 正子の〈魂糸〉の動きが一瞬止まった。

 そして――

 八千穂が突き出した〈髪逆〉が、正子の胸を貫いた。

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