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ひきわり  作者: 夏乃市
第二章 銅像生け贄事件
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銅像生け贄事件 20

 視聴覚室には〈懺悔室〉という札が掲げられていた。

「なんですか、これ?」

 毅瑠の問いに、太一が困ったような顔で答える。

「戸時が張り替えたんだ。相談室は終わりだって宣言したからな」

「巡回は?」

「ヤメだ。ただし、休み時間の一般教室棟での部活動勧誘を解禁する」

 部活動の勧誘は、あまりにエスカレートしたために、ここ数年は、休み時間に一般教室棟で行うことは禁じられていた。それを全面解禁するという。

「戸時会長らしいですね」

「まったくだな」

 夏目の様子を気にしながら朝早く登校した毅瑠は、相談室として使っていた視聴覚室がどうなっているかを覗きに来て、この札に遭遇したのだった。札の前では、太一が先に立ちつくしていた。

 生徒集会で「相談室も巡回も止める」と宣言したからには止めるのだ。しかし、懺悔室と部活動の勧誘解禁で、同じ効果を狙っている。太一はサッカー部だから、勧誘と称して校内を回るに違いない。――さすがだな、と毅瑠は感心してしまった。

 太一と共に生徒会室に入ると、夏目以外の全員が揃っていた。夏目はというと「職員室に呼び出された」とのことだった。

「向井君、あのお店どうだった?」

「はあ。好評でした」

「そーかそーか」

 作がバンバンと毅瑠の背中を叩く。上機嫌だ。他のメンバーの顔も明るい。――つまり、今朝の夏目はいつもの調子に戻ったということだろう。

「昨日、毅瑠が帰った後が大変だったよ」道生が感慨深げに呟いた。

 あの後、七時を過ぎても夏目は生徒会室から出てこなかった。仕方なく、道生達は事務室からマスターキーを借り、生徒会室に踏み込んだ。

「そしたら、なんと」力が身を乗り出した。「もぬけの殻だったんだよ」

 あろうことか、夏目は三階にある生徒会室の窓から抜け出してしまっていた。いつの間に用意したのか、体育祭などでグラウンドに張るロープが、窓のサッシに結びつけられていたという。そのロープは今でも生徒会室の中にあった。

「目撃者はいない。当然だよな。生徒も教員の殆ども体育館に集まっていた時間だ」と道生。

「確信犯よね。事前にロープを用意しておくなんてさ」作が嘆息する。

 生徒集会の前に、生徒会室にロープがあっただろうか? 誰もそんなことは覚えていなかった。

「中で泣いてる、なんて言ったの誰だよ」と力。

「泣きながら出て行ったかもしれないじゃない」と作。

 しかし、泣きながらロープを結んでいる夏目の姿など、毅瑠には想像できなかった。

 結局、昨日はその後どうすることもできず、そのまま解散となった。そして今日。全員がかなり早く登校したにもかかわらず、既に夏目は登校していた。一番早かった希奈が生徒会室に入った時点で、ホワイトボードには懺悔室と部活動勧誘解禁のことが書いてあったという。

 毅瑠は感心を通り越して呆れていた。夏目の行動を、毅瑠の基準では評価のしようがない――

「さすがは夏目ね」

 希奈の一言が、その場にいる全員の気持ちを代弁していた。

「全員揃っているわね」

 扉が開いて夏目が入ってきた。何の拘りもない、爽やかな様子で。

 一斉に何かを訊きたそうに動き出す面々を制して、夏目は咳払いを一つした。

「まず、昨日の件。ごめんなさい」夏目は深く頭を下げた。「暴走したわ。みんなにも迷惑をかけたわね。さっき職員室に呼ばれて、こっぴどく叱られたわ」

「処分は?」と作が聞く。

「トイレ掃除一週間」

 どっと全員が笑った。

「校則を破ったわけではないし、噂のエスカレートには先生たちもほとほと困っていたみたいね。とりあえず停学などの処分はなし。私自身、後悔はしていないわ。ちょっと言葉遣いが下品だったかしら、とは思うけど」

「これで、戸時政権は盤石だな」

 太一が言う。確かに、夏目を怒らせるとどうなるか学園中が思い知った。しかも、ほとんどお咎めなしのようなものだ。

「やあね、独裁者みたいに。生徒会は、私達全員でようやく生徒会なのよ。でも、今日以降の対応は勝手に考えさせてもらったわ。いい?」

 メンバーに否はなかった。

「それじゃあ、各部活への連絡を手分けしてお願いね。懺悔室については、私から学園側に伝えるわ」

 ぱん、と夏目が手を叩いた。それを合図に全員が動き出す。始業の予鈴の時間が迫っていた。

「向井君」夏目が毅瑠を指名する。「このロープ、体育倉庫に戻しておいてくれない?」

 三階から下りるのに使うには長すぎるそのロープは、ずしりと重かった。

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