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ひきわり  作者: 夏乃市
第二章 銅像生け贄事件
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銅像生け贄事件 19

「実際のところ、施術ってどうやるの?」

 二人は八千穂の部屋に場所を移していた。買い物から帰った七穂が、暗くなっても廊下で話し込んでいる二人を見咎めた結果だった。

「こう」

 八千穂が身振り手振りで何かを伝えようとする。しかし、毅瑠にはさっぱりだった。

「簡単に言葉で説明してくれ」

「触る」

「さわる?」

「肌に直に触る。そしてこう」身振り手振り。

 どうやら、〈魂糸〉を繋ぐという行為を表現したいらしい。

「それはもういいよ。触る……か。握手程度でいいのか?」

「〈魂糸〉の状態による。一箇所切れたばかりなら、その位で平気。でも、鬼になってしまうと長くかかる」

「時間がかかれば反撃されたりするだろう?」

「そのための〈髪逆〉。〈髪逆〉は襲ってくる〈魂糸〉を切ることができる。〈魂の要(たましいのかなめ)〉を貫けば、〈魂糸〉が一時麻痺する」

「貫くって……麻痺どころか死なないか?」

「〈髪逆〉は〈魂糸〉と同じモノ。肉体を傷つけずに〈魂の要〉を貫ける」

 それはつまり、あの剣は〈魂糸〉でできている、ということだろうか。それを訊くと、八千穂は頷いた。

「〈髪逆〉は、神坂家代々の力」

「神坂神社が〈霊鬼割〉の家系ということ?」

「そう」

 なら、七穂も〈霊鬼割〉なのだろうか。その疑問には、八千穂は首を振った。

「おばあちゃんから受け継いだ」

〈霊鬼割〉という存在。その歴史。その継承。毅瑠はそれらに興味を覚えたが、今は深く訊いているときではなかった。

「既に鬼となってしまった佐藤さんは〈髪逆〉を使ってなんとかする必要がある。でも、松広君は素肌に触る程度でなんとかなる。そういうことだね?」

「彼はもう少しかかる」

「どうして?」

「屋上から引き落とされた彼を、私が〈魂糸〉で吊った。それで勢いが弱まった。でも、彼の〈魂糸〉は余計に傷ついた」

 五階もの高さから落ちて、腕の骨折と打撲だけで済んだ松広孝司。あの事件のとき、屋上から駆け下りてきた三つ編みは、やはり八千穂だったのだ。

 正子が〈魂糸〉を大々的に使った気配を察した八千穂は、その方向から屋上にあたりをつけた。しかし、八千穂が屋上に飛び出したのと、孝司が柵を越えたのがほぼ同時だった。八千穂は〈魂糸〉を伸ばし、なんとか彼を引っ張りあげようとしたが、それは叶わず、落下速度を和らげる位しかできなかった。

 それでも、孝司が命を取り留めたことで、正子が〈魂糸〉を再び取り込むこと――鬼が力を増すのを防ぐ結果にはなった。

「ちょっと待って。チホは〈魂糸〉を使えるの」

「使える」

「それは……〈魂糸〉が切れてはみ出しているということ?」

「生まれながらにして〈魂糸〉が切れてはみ出している。それが〈霊鬼割〉を継ぐ条件」

 八千穂はそれをさらっと言った。

 毅瑠は血の気が引くのを感じた。

 ――生まれながらにして?

「自分で自分の〈魂糸〉を繋ぐことはできないの?」

「できない」

「他の〈霊鬼割〉。たとえば、おばあちゃんでも?」

「できない」

「まさか、他人を施術するときは……〈魂糸〉を使うの?」

「使う」

(ああ……)

 毅瑠は、自分がいかに残酷なことを頼んでいたのかを知った。自分の命を削って人の命を繋いでくれと、そう頼んでいたのだ。

「だから鬼を狩る」

「?」

「鬼の〈魂糸〉を繋ぐとき、その命を少しもらって良いことになっている」

 以前八千穂は「鬼は狩っていいことになっている」と言った。それは、他人に害をなす鬼の力を封じる代りに、その命の一部を取り込んで良い、そういう意味だったのだ。どれ程の命を取り込み、それによってどれ程永らえるのか――

「でも、他人の〈魂糸〉を繋いでも、長くは持たないんだろ?」

「〈髪逆〉があるから大丈夫」

「人に見せたくない理由って……それは、〈髪逆〉が〈霊鬼割〉の命を繋ぎ止める物だから?」

 八千穂が頷く。

 鬼を狩り、幾何いくばくかの〈魂糸〉を取り込み、それを繋ぎ止めるための〈髪逆〉――生まれながらにして〈魂糸〉が切れ、はみ出し、鬼の命を狩り続けなければ生きられない、そんな子孫に対して、先祖が代々残した秘宝――

 八千穂は鬼にしか興味を示さない理由――今やそれは明白だった。

 毅瑠は言葉が継げなくなっていた。

「毅瑠。気にしなくていい。私は頼まれた通りのことを、私の意志でやる」

「でも……」

「友達だから」

 そう言われてしまっては、毅瑠にはもう返す言葉がなかった。ここまで話を進めて、〈霊鬼割〉の真実に怖じ気づいて逃げるわけにはいかない。

 ぱん、と両頬を自分で張って気合いをいれると、毅瑠はあえて明るい顔をした。

「もうひとつ訊きたいことがあったんだ。初めて会ったときに『役立たず』って言っただろ? あれはどういう意味だったの?」

「巡回なんかしても役に立たない」

「俺をなじったわけじゃないのか?」

 なんというか――普通はそういう言い方はしない。でも、あの一言がなければ、今ここでこうしていることもなかったはずだ。

 毅瑠は思う。

 夏目は、常に自分の信じることを物怖せずに実行している。

 八千穂は自分の命を張っている。それが〈霊鬼割〉の避けえぬ宿命だとしても。

 そして正子も命懸けだ。八千穂が彼女を狩ろうとしているとは、考えてもいないだろうが。

 ――自分も、覚悟を決めなければいけない。

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