銅像生け贄事件 16
体育館を出た夏目は、生徒会室に鍵をかけて閉じこもってしまった。
生徒会の面々は、生徒集会をほったらかしにして夏目を追ってきたが、締め出しを食らった格好になってしまった。仕方なく、〈相談室〉として使っている視聴覚室に集まっていた。
「戸時会長、大丈夫でしょうか?」
「たぶん、泣いているね」道生の質問に答えたのは作だった。
毅瑠は、昨日の夏目との会話を思い出す。
(もし、私がそんな状態になったら、今度は向井君の番ね)
毅瑠は勢いよく立ち上がり、視聴覚室を飛び出そうとした。しかし、三本の腕がそれを阻む。太一と力と道生だった。
「「「抜け駆けは許さん」」」
「馬鹿どもが……」作がこめかみを震わせて頭を抱えた。
そして希奈が諭すように言う。
「ねえ、向井君。気持ちはわかるけど、今はそっとしておいてあげて。女の子が一人で泣いているところを見られるのは、お手洗いを覗かれるのと同じよ」
その言葉に、男四人の動きが止まった。
「希奈、それは言い過ぎでしょう」と作。
「そうかしら」
「つまり、あんたはそう感じるのね?」
「作ちゃんは違うの?」
「まあ、泣いてるところなんて、力には散々見られてるし。お風呂ぐらいの感じかな」
「何の話だ!」
太一が顔を真っ赤にして突っ込んだ。
「それにしても、事件は今後どうなるんでしょう」毅瑠が独りごちる。
「向井、お前何か知っているのか? まるで、まだ終わっていないと言わんばかりじゃないか」太一が言う。
「そういやあ、今回会長がキレたのだって、向井の話を聞いた後だったって?」と力。
全員の視線が、毅瑠に集中した。
「ええと、質問に答える前に訊きたいことあります。どうなったら、事件は終わったといえるんでしょうか?」
今回の事件は、同じ場所で自殺と事故が起きた。誰もが、挽田香の自殺と、松広孝司の事故――自殺だと思っている生徒が多いが――の間に、相関関係などないのだろうと理屈ではわかっている。理屈ではわかっているのだが、でも、感情的に、生理的に納得できないのだ。
点が二つあれば線を引くことができる。過去から今へと二点を結んだ線分を見れば、大抵の人は、それが未来へも続いているだろうと想像する。だから、事件が終わったという確信など、今は誰も持ちえていないのだ。
八千穂から話を聞いた毅瑠は、事件の本当の連なりと、その終結の形を知っている。終結の形――それは八千穂による正子の施術――しかし、〈魂糸〉の真実を知らない生徒たちや、学園側や、生徒会にしてみれば、どうなったら終結だと思えるのだろうか。
「校長先生が終結宣言をしたらかしら」と希奈。
「ほとぼりが冷めたらだろ?」と太一。
「真犯人が現れて捕まったら、とか」と力。
「みんなが終わったと思ったら終わりよ」と作。
「これも、戸時会長が作った一つの終結の形では?」と道生。夏目による強引な幕引き、ということらしい。
「まさか。あれは単にキレただけよ」と作が苦笑しながら言う。
しかし、と毅瑠は思う。これで、学園中の噂は夏目に集中することになるだろう。この後何も起らなければ、事件は早々に風化する可能性もある。だが――
「噂をそのまま利用するってのは駄目でしょうか?」と毅瑠が言った。
全員が目を丸くする。
「何だって?」と太一。
「今流れている噂を逆手に取るんです。銅像は呪われている、だからそれを壊す。そんな結末はどうでしょう?」
「お祓いするとか、な」と道生。
「何だっていいんじゃない? ああ、終わったんだって思えれば。そこは理屈じゃないでしょ?」希奈が言う。
「元々、学校側から生徒会への要請は、噂話をどうにかしろってことでしたよね。なら、その噂話の大半を肯定した上で、元を絶ってしまえばいいんじゃないかと思うんです」
毅瑠の話に、全員が「なるほど」と頷いた。そして、太一が言う。
「方向性はいいだろう。しかし、さっきの俺の質問はどうした?」
「実は……今回、戸時会長を怒らせる原因になった子なんですけど――」毅瑠は手短に経緯を説明した。「――で、彼女神社の娘さんで、そこの神主さんに今回の事件について意見を聞いてみたんですよ」
半分は出任せだった。しかし、〈霊鬼割〉や〈魂糸〉のことを、ここで一から説明するわけにもいかない。
「そうしたらですね……最初の挽田さんは間違いなく自殺。松広君は、何か悪い場……みたいなものに引き寄せられたとか。だから、場所をどうにかしないと続くと……」
「事件は終わっていないか」太一が深刻な様子で考え込んだ。
「あの、信じるんですか? この話?」
「俺は意外に信心深いんだ。向井は信じていないのか?」
「信じています」
「なら問題ないだろう。大体、今でも家を建てるときには神主を呼ぶ。ご神木は避けて道路を造ったりする。お墓の上に建てた家は悪いことが重なるというじゃないか。今回の件がその手の類で、そっち方面に解決……じゃなくて、終結の道が開けるならいいじゃないか」
毅瑠が他のメンバーを見ると、特に気にしている者はいないようだった。
「みんな、意外とフレキシブルな思考の持ち主ですね……」
太一が、親指をぐっと立てた。
道生が、眼鏡の奥でふっと笑った。
希奈が、意外に興味深げな顔をした。
作が、満面の笑みを作った。
力が、右手でオーケーの形を作った。
「戸時があんな状態だが、なんとか事態は収拾させたい。神主さんの協力が仰げるなら、そっちは向井、お前に任せる。好きなように動け。何か変化があったら報告してくれればいい。俺たちは俺たちで、今まで通りできることをやろう」
太一が言って、ばんばん、と毅瑠の背中を叩いた。
「向井君。一つ忘れないで欲しいんだけど」希奈が柔らかい口調で付け足した。「あなた一人がすべてを負う必要はないのよ。だから、手伝いが必要だったり、困ったことがあったら、遠慮なく言って頂戴。夏目が怒る原因になった、例の女の子のことも……何かあったら相談してね」
「それからさ」と今度は作。「仮にまた事件が起きてしまったとしても、それは向井君のせいではないからね。まあ、起きないに越したことはないけど」
「……はい」
毅瑠はなんだか胸が詰まってしまって、そう答えるのがやっとだった。