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ひきわり  作者: 夏乃市
第二章 銅像生け贄事件
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銅像生け贄事件 16

 体育館を出た夏目は、生徒会室に鍵をかけて閉じこもってしまった。

 生徒会の面々は、生徒集会をほったらかしにして夏目を追ってきたが、締め出しを食らった格好になってしまった。仕方なく、〈相談室〉として使っている視聴覚室に集まっていた。

「戸時会長、大丈夫でしょうか?」

「たぶん、泣いているね」道生の質問に答えたのは作だった。

 毅瑠は、昨日の夏目との会話を思い出す。

(もし、私がそんな状態になったら、今度は向井君の番ね)

 毅瑠は勢いよく立ち上がり、視聴覚室を飛び出そうとした。しかし、三本の腕がそれを阻む。太一と力と道生だった。

「「「抜け駆けは許さん」」」

「馬鹿どもが……」作がこめかみを震わせて頭を抱えた。

 そして希奈が諭すように言う。

「ねえ、向井君。気持ちはわかるけど、今はそっとしておいてあげて。女の子が一人で泣いているところを見られるのは、お手洗いを覗かれるのと同じよ」

 その言葉に、男四人の動きが止まった。

「希奈、それは言い過ぎでしょう」と作。

「そうかしら」

「つまり、あんたはそう感じるのね?」

「作ちゃんは違うの?」

「まあ、泣いてるところなんて、力には散々見られてるし。お風呂ぐらいの感じかな」

「何の話だ!」

 太一が顔を真っ赤にして突っ込んだ。

「それにしても、事件は今後どうなるんでしょう」毅瑠が独りごちる。

「向井、お前何か知っているのか? まるで、まだ終わっていないと言わんばかりじゃないか」太一が言う。

「そういやあ、今回会長がキレたのだって、向井の話を聞いた後だったって?」と力。

 全員の視線が、毅瑠に集中した。

「ええと、質問に答える前に訊きたいことあります。どうなったら、事件は終わったといえるんでしょうか?」

 今回の事件は、同じ場所で自殺と事故が起きた。誰もが、挽田香の自殺と、松広孝司の事故――自殺だと思っている生徒が多いが――の間に、相関関係などないのだろうと理屈ではわかっている。理屈ではわかっているのだが、でも、感情的に、生理的に納得できないのだ。

 点が二つあれば線を引くことができる。過去から今へと二点を結んだ線分を見れば、大抵の人は、それが未来へも続いているだろうと想像する。だから、事件が終わったという確信など、今は誰も持ちえていないのだ。

 八千穂から話を聞いた毅瑠は、事件の本当の連なりと、その終結の形を知っている。終結の形――それは八千穂による正子の施術――しかし、〈魂糸〉の真実を知らない生徒たちや、学園側や、生徒会にしてみれば、どうなったら終結だと思えるのだろうか。

「校長先生が終結宣言をしたらかしら」と希奈。

「ほとぼりが冷めたらだろ?」と太一。

「真犯人が現れて捕まったら、とか」と力。

「みんなが終わったと思ったら終わりよ」と作。

「これも、戸時会長が作った一つの終結の形では?」と道生。夏目による強引な幕引き、ということらしい。

「まさか。あれは単にキレただけよ」と作が苦笑しながら言う。

 しかし、と毅瑠は思う。これで、学園中の噂は夏目に集中することになるだろう。この後何も起らなければ、事件は早々に風化する可能性もある。だが――

「噂をそのまま利用するってのは駄目でしょうか?」と毅瑠が言った。

 全員が目を丸くする。

「何だって?」と太一。

「今流れている噂を逆手に取るんです。銅像は呪われている、だからそれを壊す。そんな結末はどうでしょう?」

「お祓いするとか、な」と道生。

「何だっていいんじゃない? ああ、終わったんだって思えれば。そこは理屈じゃないでしょ?」希奈が言う。

「元々、学校側から生徒会への要請は、噂話をどうにかしろってことでしたよね。なら、その噂話の大半を肯定した上で、元を絶ってしまえばいいんじゃないかと思うんです」

 毅瑠の話に、全員が「なるほど」と頷いた。そして、太一が言う。

「方向性はいいだろう。しかし、さっきの俺の質問はどうした?」

「実は……今回、戸時会長を怒らせる原因になった子なんですけど――」毅瑠は手短に経緯を説明した。「――で、彼女神社の娘さんで、そこの神主さんに今回の事件について意見を聞いてみたんですよ」

 半分は出任せだった。しかし、〈霊鬼割〉や〈魂糸〉のことを、ここで一から説明するわけにもいかない。

「そうしたらですね……最初の挽田さんは間違いなく自殺。松広君は、何か悪い場……みたいなものに引き寄せられたとか。だから、場所をどうにかしないと続くと……」

「事件は終わっていないか」太一が深刻な様子で考え込んだ。

「あの、信じるんですか? この話?」

「俺は意外に信心深いんだ。向井は信じていないのか?」

「信じています」

「なら問題ないだろう。大体、今でも家を建てるときには神主を呼ぶ。ご神木は避けて道路を造ったりする。お墓の上に建てた家は悪いことが重なるというじゃないか。今回の件がその手の類で、そっち方面に解決……じゃなくて、終結の道が開けるならいいじゃないか」

 毅瑠が他のメンバーを見ると、特に気にしている者はいないようだった。

「みんな、意外とフレキシブルな思考の持ち主ですね……」

 太一が、親指をぐっと立てた。

 道生が、眼鏡の奥でふっと笑った。

 希奈が、意外に興味深げな顔をした。

 作が、満面の笑みを作った。

 力が、右手でオーケーの形を作った。

「戸時があんな状態だが、なんとか事態は収拾させたい。神主さんの協力が仰げるなら、そっちは向井、お前に任せる。好きなように動け。何か変化があったら報告してくれればいい。俺たちは俺たちで、今まで通りできることをやろう」

 太一が言って、ばんばん、と毅瑠の背中を叩いた。

「向井君。一つ忘れないで欲しいんだけど」希奈が柔らかい口調で付け足した。「あなた一人がすべてを負う必要はないのよ。だから、手伝いが必要だったり、困ったことがあったら、遠慮なく言って頂戴。夏目が怒る原因になった、例の女の子のことも……何かあったら相談してね」

「それからさ」と今度は作。「仮にまた事件が起きてしまったとしても、それは向井君のせいではないからね。まあ、起きないに越したことはないけど」

「……はい」

 毅瑠はなんだか胸が詰まってしまって、そう答えるのがやっとだった。

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