銅像生け贄事件 14
毅瑠は屋上の鍵のことをすっかり忘れていた。
鍵は八千穂の手によって用務員室に届けられた。何の工夫もなく、ただ、届けられた。当然の結果として、何故八千穂がそれを持っているのかが問題となった。八千穂は「拾った」の一点で通した。
神坂八千穂は、決して反抗的な生徒ではなかった。しかし、言葉遣いがぶっきらぼうなことと、容姿が目を引くことが相まって、一部の教員から目を付けられかけていた。新学期からのトラブル続きでぴりぴりしていた教員たちは、用務員室から数人がかりで八千穂を取り囲み、生活指導室まで連行した。そして、一時間に渡って、生活指導いう名の尋問を行った。
結果的には、八千穂が嘘を付いている様子は認められず、止むなく無罪放免となったのだが、連行される彼女の姿を、部活動をしていた多くの生徒が目撃していた。
その話は瞬く間に広がり、翌日の授業が始まる頃には、事件は神坂八千穂が犯人だという噂が学園中に響き渡っていた。
午前中の授業をもどかしい思いで終えた毅瑠は、昼休みになると同時に一年F組へと走った。腕章はつけず、訪いもいれず、まっすぐ八千穂の席まで行くと、彼女の手を引いて教室を飛び出した。
人のいない場所、しかも近くで――と考えて、毅瑠は五階への階段を上がる。封鎖された屋上へと続く階段の踊り場までくると、毅瑠はようやく足を止めた。
「ごめん」
毅瑠は八千穂に深く頭を下げた。
「何で?」
「昨日の鍵のこと。もっと上手いやり方があったはずなんだ。なのに俺、ぼーっとしていて、全然考えが回らなかった。結果、君に迷惑をかけることになってしまった」
「別にいい」
毅瑠は頭を上げた。八千穂は相変わらずの無表情だった。しかし、八千穂は表情は乏しいが、感情がないわけではない。一昨日話をしてみて、毅瑠はそれを感じていた。
だから、今の無表情がかえって痛々しく感じられた。
「それよりも……」
「それよりも?」
「お弁当」
「あ……ああ、そうだな」
昼休みが始まってすぐに引っ張ってきてしまった。毅瑠と八千穂は、連れだって一年F組に引き返した。教室の少し手前で別れ、毅瑠は、八千穂が教室に入っていく様子を見守った。
「?」
八千穂の様子がおかしかった。自分の机の前で立ち尽くしている。
毅瑠は一年F組の教室に一歩足を踏み入れ、刺すような視線を感じて立ち止まった。クラス中の視線が毅瑠に集中している。
八千穂の机の上には――お弁当がぶちまけられていた。白いご飯。綺麗な卵焼き。タコさんウインナー――恐らく、あの母親の手作り。
毅瑠の喉元まで、誰がやったのだ、という詰問がせり上がった。しかし、生徒会役員の自分がそれをやると、噂はさらにエスカレートしやしないだろうか?
毅瑠は思考が空回りし、結局、何もすることができなかった。