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ひきわり  作者: 夏乃市
第二章 銅像生け贄事件
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銅像生け贄事件 11

 翌日の放課後、毅瑠は学校の中庭にいた。

 特別教室棟を背に、銅像が見える位置に立つ。銅像には未だにブルーシートが被せられ、周囲は黄色と黒のロープで立ち入り禁止にされている。その背後には、一般教室棟――

 毅瑠は〈魂見鏡〉を右目にかけた。持っていて良い、と八千穂に渡された物だった。

 銅像は二年E組の真下に建っている。そして、挽田香が飛び降りたのと、松広孝司が落ちたのは、その真上――その三点を繋ぐように、一般教室棟の壁には、淡く光る何本もの痕跡を見ることができた。それは、命の糸――〈魂糸〉がそこを通った痕跡だ。

 毅瑠は生唾を飲み込んだ。嫌な眺めだった。

 二年E組の窓の一つから、その痕跡は屋上へと伸びていた。何本もの触手が、獲物を求めて壁をはい上がっていく様が浮かんだ。そして、同じ窓から銅像へも、幾筋もの痕跡がある。あの窓辺には――佐藤正子が座っていたはずだ。

 昨日、八千穂の家から帰ると、毅瑠は道生に電話をかけた。道生は一年生のとき、佐藤正子と同じクラスだったからだ。毅瑠が当時の正子の様子を訊くと、道生は訝しがりつつも答えてくれた。

「たまにしか登校してこなかったよ。始業式とか、終業式とかにはがんばって出てきてたけど……。よく進級できたなって思うよ」

 それは、毅瑠が知る佐藤正子という少女とは、まるで違った。元気になったのなら良いのだ――良いのだけれど、そんなに急に元気になるものだろうか?

 始業式の日、挽田香が飛び降りたのは、ちょうど正子の席の真上からだった。恐らく、正子は落ちていく香を見た。そして――思わず手を伸ばした。もちろん、窓越しに本当の手は伸ばせなかった。しかし、既に環が切れていた正子の〈魂糸〉が差し出された――そして、あの惨劇で急激に肉体が四散し、中に浮いた香の命を、本来ならばそこで消えてしまうはずの〈魂糸〉の塊を、正子は自らに取り込んだに違いない――

 それが、昨日八千穂が語った推論だった。

 惨劇の一週間後、現場を見た八千穂は、被害者の〈魂糸〉がどこかに引きずられた痕跡を見つけた。一週間も経てば、普通は〈魂糸〉の痕跡は残らないという。しかし、人ひとり分丸々の〈魂糸〉を引きずった結果、通常よりも長く、その跡が残ったのだという。

 八千穂は、誰がそれを取り込んだのかを探していた。そして今週の月曜日、正子を見つけた。ちょうど、毅瑠と会った昼休みのことだった。

「あのとき施術していれば、あの女は鬼にならずに済んでいたかもしれない」

 香の自殺は正子のせいではない。自ら投げ出された命に手を伸ばしたからといって、正子が責められるいわれはなかった。しかし――癖になるのだという。

「無理やり繋いだ命は、長くは持たない」八千穂はそう言った。「だから、まだ鬼ではないけれど、施術しようと思った」

〈施術〉とは、〈霊鬼割〉が〈魂糸〉を環に繋ぐことをいう。

 あの日、人のいない五階へと正子が上がったのを見て、八千穂は施術の好機と考えた。素早くことを済ますつもりで階段を上がった。だから、右の三つ編みも顕現していたのだ。しかし、毅瑠と出会ったことで機会は失われてしまった。

 そして放課後、孝司の事件が起った。

 あれは、正子が孝司を屋上へと誘い出し、〈魂糸〉を使って引っ張り落としたのだろう、と八千穂は言った。そして今、その推論を裏付ける証拠を、毅瑠はその目で見ている。

「あの女はまたやる。昨日は失敗したから」

 結局、正子は孝司の命を取り込むことはできなかった。他人の〈魂糸〉を取り込んでも長くは持たないと言うが、人ひとり分取り込めば、しばらくは元気にもなるらしい。命の糸――〈魂糸〉。その仕組みを正子が理解しているということはないだろう。しかし、彼女の体は、他人の命の味を覚えてしまった――

 毅瑠は、正子の屈託のない笑顔を思い出した。あの生命力に輝いていた目。あれは、挽田香の命の輝きだったのだ。痩せた体と妙にアンバランスだと、最初から感じていた。

 正子の体が弱いという事実は、残念なことに違いない。しかし、それは他人の命に手を出して良い理由にはならない。

 今日、屋上に、再度の警察の現場検証が入るという。正子はそれを狙うのではないか、と八千穂は言った。恐らく、二年E組の教室に放課後残り、好機を狙っているだろう。だから――八千穂もそこを狙うという。正子に施術をするという。

「命の環を繋ぐ術……か」

 言葉の耳障りはよいが、それは、正子が元の病弱な体に戻るということを意味している。

 毅瑠は、邪魔はするな、と言われていた。しかし、見届けないことには気が済まなかった。

「さて、どこに隠れていようかな」

 そろそろ現場検証が始まる時間だった。

 毅瑠は〈魂見鏡〉を外すと、中庭を後にした。

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