銅像生け贄事件 10
「君は、この〈魂見鏡〉を使わなくても〈魂糸〉が見えるの?」
八千穂が頷く。右の三つ編みも剣も消えている。
「ただし、能力を使うときは、右の三つ編みが現れるとか?」
再び八千穂が頷く。
毅瑠は、八千穂との会話に大分慣れてきていた。八千穂は質問に対する答えを面倒がったりはしないようだ。
「〈霊鬼割〉は鬼を狩る者って言ったよね? 鬼ってどういうこと? 〈魂糸〉を喰らうって……」
「自らの〈魂糸〉を使って、他人に害をなす者。それが〈鬼〉」
「〈魂糸〉を使って?」
「はみ出した〈魂糸〉は力だ」
体からはみ出した〈魂糸〉も、自らの命の一部であることに変わりはない。そのため、本人の意志で操ることが可能だという。世に言う〈超能力〉などの現象は、このはみ出した〈魂糸〉が原因らしい。そして、スプーンを曲げている程度なら問題ないが、命の力を他人の命へと伸ばそうとする者が現れることがある。命そのものである〈魂糸〉は、大抵のことは可能にするだけの力を持っている――それはもちろん、命と引き替えにという意味だが。他人の〈魂糸〉を引き千切り、自分の〈魂糸〉に結ぶこともできなくはない――
「そうなった鬼は、狩って良いことになっている」
「……殺すの?」
「〈魂糸〉を環に繋ぎ直す。そうすれば、もう鬼の力は使えない」
「そうすることで、君にメリットはあるの?」
答えはなかった。否定も、肯定も。
「その、鬼の被害にあった人達の〈魂糸〉はどうするの?」
八千穂は小首を傾げた。何を言われているのかわからない、という表情だった。
「だって、君は切れた〈魂糸〉を繋ぐことができるんだろ?」
肯定。
「鬼の〈魂糸〉を繋いで、力を使えないようにするんだよね?」
肯定。
「当然、被害者の〈魂糸〉も元に繋ぐんだよね?」
否定――
「なんで?」
「なんでって?」
「〈魂糸〉が切れてはみ出してしまったら、寿命が短くなってしまうんだろ?」
肯定。
「なら、被害者の〈魂糸〉は繋ぐべきじゃないか」
「なぜ?」
毅瑠は絶句した。この議論は、恐らく、続けても平行線で終わるだろう。〈霊鬼割〉という存在の価値観なのか、神坂八千穂という個人の価値観なのか、それはわからなかったが。
毅瑠は両手を肩の高さに挙げて、降参のポーズを取った。
「わかった。とりあえず君の説明を信じるよ。なにしろ、俺自身この目で見ているからね。……で、本題に入りたい。事件のことだ」
体育館裏で八千穂は、昨日の事件の犯人は佐藤正子だと言った。それについての説明が、まだ手付かずだった。