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ひきわり  作者: 夏乃市
第二章 銅像生け贄事件
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銅像生け贄事件 9

「どうぞ」

「あ、お構いなく」

 毅瑠の目の前に、コーヒーカップとケーキが置かれた。

「ごゆっくり」

 上品な声でそう言い、和服の女性が部屋から出て行く。彼女は神坂八千穂の母親だ。

 ここは、八千穂の自室だった。

 体育館の裏で、八千穂は毅瑠を自宅へと誘った。話が長くなるから、と。

 昨日今日初めて会った女の子の部屋に上がるなんて、と普段の毅瑠なら気を回すところだが、そんな余裕はまったくなかった。八千穂もこだわっている様子はない。

 学校から歩くこと三十分、着いたのは『神坂神社』という神社だった。八千穂は、社の裏手にある自宅に毅瑠を招き入れた。家は純和風。八千穂の部屋も障子張りの和室だった。

 小さなテーブルを挟んで向かい合い、二人でコーヒーをすする。当然日本茶が出てくるだろうと勝手に想像していた毅瑠は、コーヒーのもてなしが意外だった。

「コーヒー……好きなの?」

 八千穂がマグカップを両手で包みながら頷く。学校にいるときよりも、幾分表情が柔らかいように、毅瑠には感じられた。

 その後、一向に話が始まらず、毅瑠が痺れを切らした。

「ちゃんと自己紹介をしていなかったよな。俺は向井毅瑠。二年E組。生徒会書記もやっている」

「むかい……」

「君は、神坂八千穂さんで良いんだよね?」

 自宅にまで上がり込んでおいて、今更自己紹介もないもんだよな、と毅瑠はひとり苦笑した。八千穂はというと、目だけで天井を見上げて何かを考えている。

「むかいってどんな字?」

「方向の向に、井戸の井だ」

「そう」

 会話が途切れた。毅瑠は辛抱強く待つことにした。長い話になると言って誘ったのは八千穂なのだから。

「これは〈魂見鏡たまみきょう〉という」八千穂が例の片眼鏡をテーブル上に置いた。「能力のある人間が使うと、〈魂糸たまいと〉を直に見ることができる」

「さっきも言っていたね。〈魂糸〉って何?」

「命」

「いのち?」

「命は、糸のように体中に張り巡らされた力」

 八千穂の言葉は、核心に絞られた必要最低限の言葉のみで構成されていた。できるだけわかりやすく、という配慮は欠片もない。しかし、話すこと自体が億劫なわけではなさそうだった。毅瑠は、わからないところを何度も聞き返し、できる限り、彼女の言わんとするところを理解しようとした。

 彼女の説明は以下のようなものだった。

 人間――他の生物も同様――が生きているのは、体中に〈命〉が満ちているからである。〈命〉とは、細胞と細胞、組織と組織を繋いで、まとめて、動かしている力である。それは細い糸状で、ビーズ細工の糸のように体中の細胞や組織を貫いて、切れ目のない〈〉になっている。それは〈魂糸〉と呼ばれている。〈魂糸〉の力は、一個の人間の中で回り続け、個人を個人たらしめ続ける。そして、徐々に消耗し、やがて死に至る――

 言葉が混同されやすいが、〈魂糸〉はあくまでも生命力を指す言葉らしい。所謂いわゆる〈魂〉――心などを含む概念が示すものは、〈魂のかなめ〉というもので、それは〈魂糸〉が編み上げた核のようなものらしい。

 本来切れ目なく〈環〉になっているはずの〈魂糸〉だが、何かの拍子に切れることもあるらしい。切れても、普通ならすぐ復元する。しかし、それが体の外にはみ出してしまうと、もう〈環〉に復元することができなくなってしまう。はみ出したところから〈魂糸〉はすり切れてしまい、寿命が大幅に減ってしまう――

「俺が見たのは、はみ出した命ってことか?」

「さっきからそう言っている」

 毅瑠は混乱した。なんとも――突拍子もない話――しかし、嘘だと、一概に切って捨てることはできなかった。なにしろ、その眼で見てしまっているのだから。

 さらに言うと、〈命〉とは如何なるものか――という説明を、毅瑠は生まれて初めて聞いた。八千穂の話は、現代科学との矛盾を何一つ抱えていないように思える。

「この眼鏡を使えるのは、能力のある人間だって、そう言ったよね」

「そう」

「なんで俺に使えたんだ?」

「私の髪に触れたから」

「え?」

 八千穂が立ち上がった。

 閉めきった和室の中に、微かに風が吹いたように毅瑠は感じた。八千穂の髪がざわざわと揺れている。

 ――異変は突然起った。

 八千穂の右のうなじ辺りから、淡く輝く光の束が現れ始めた。虹色に輝くそれは見る見る長くなり、腰までの長さの三つ編みを形作る。やがて光は消え、それは本当に艶やかな黒髪となって揺れた。

「私は、霊鬼割ひきわり。〈魂糸〉を喰らう〈おに〉を狩る者」

 目を丸くする毅瑠の前で、異変はさらに続いた。

 現れた右の三つ編みが、先端から解け始めた――それはまるで、絡み合った三匹の蛇が、お互いの体を離していくようだった。そして、解けた三つ編みの中から、一振りの漆黒のつるぎが姿を現した。つばのない、黒光る直刀。八千穂は右手でそれを逆手に握ると、引き抜いた。髪と同じ艶やかな黒色の剣が、凛とした気配を放出した。

「お前は、顕現していた私の髪に触れた。それは、この剣に触れたのと同じこと。それで能力が発現した」

 昨日、階段で思わず掴んでしまった右の三つ編み――

 そして、八千穂はさらに意外なことを言った。

「かつて、〈魂糸〉を操った一族は数多あまた存在した。お前の祖先もそういう血筋」

「血筋?」

「普通は、髪に触れた程度では能力は発現しない。素地があったはず。むかいという名字は、恐らく〈夢飼い〉……夢を通して〈魂糸〉を操った一族の末裔だ」


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