表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひきわり  作者: 夏乃市
第二章 銅像生け贄事件
32/106

銅像生け贄事件 8

(放課後の体育館裏に呼び出すなんて、我ながら芸がないな……)

 体育館の壁に寄りかかって、毅瑠は思った。手にはあの片眼鏡が握られている。

 一年F組を訪ねた時点で、昼休みは残り十分もなかった。少々後ろめたく思いながらも、毅瑠は、放課後体育館裏にくるように彼女――神坂八千穂かみさかやちほに言った。

「何故?」

「あの片眼鏡、君の物だろ?」

「……」

 毅瑠はそれ以上は言わなかった。片眼鏡をポケットから出しもしなかった。

 しばしの沈黙の後、八千穂は小さく頷くと、自分の席へと戻っていった。その後ろ姿に――やはり、三つ編みは左一本しかなかった。

 昨日は確かに左右二本あった。なにしろ、右の三つ編みを毅瑠が引っ張ってしまったのだから、間違いようがない。しかし、道生の話では、入学当初から一本だったということだった――それを信じるならば、毅瑠と会って以降に切った、ということもないはずだ。

 さらには、昨日の放課後、松広孝司の落下騒ぎの直後に、屋上からの階段を駆け下りる二本の三つ編みを見た――あれも、彼女ではなかったか?

 毅瑠は手の中の片眼鏡を眺めた。孝司を見て以降、これをかけてはいない。何が見えてしまうのか、それがわからずに怖い。

「向井君?」

 物思いに耽っていた毅瑠は、ふいに声をかけられて、思わず片眼鏡を取り落とした。

 毅瑠の狼狽ぶりに逆に驚いているのは、正子だった。

「何しているの? こんなところで」

 正子は、分別したごみの袋を抱えて小首を傾げている。

「佐藤さんこそ、どうしたの?」

「今週は掃除当番。私、ごみ係なのよ」

 見ればわかることだった。しかも、毅瑠と正子は同じクラスだ。微妙に気まずい空気が流れた。

「ええと……あ、何これ?」正子が毅瑠の足下に落ちている片眼鏡を拾い上げた。「めがね?……かな」

 屈託なく、正子はそれを右目にかけた。毅瑠は唾を飲み込んだ。

「どう? 似合う?」

「似合わない」

「……」

「……」

 ぶっと正子が吹き出し、片眼鏡を返してよこした。

「変な向井君」

「佐藤さん。これかけて……何か変な物が見えなかった?」

「変な物? 変な向井君なら見えたわ」

「なんていうか、世界がぼやけて見えるっていうか……」

「何を言っているの?」

 コスプレでもするのか、と訊く正子に答えつつ、毅瑠は首を傾げた。昼休みに見たあれは気のせいだったのだろうか。

 毅瑠は片眼鏡を右目にかけた。

 そして、正子を見た。そこには――

 色取り取りの糸がはみ出し、それらが醜く絡み合い、暗く不吉な色をまとった――見るに堪えない正子の姿があった。

 毅瑠の背を冷たい汗が伝った。血の気が引き、気が遠くなる。呼吸が速く浅くなりあえぐ――

「向井君? どうかしたの?」

 正子がそう言ったとき、一人の女生徒が現れた。――神坂八千穂だった。

 八千穂は正子を一瞥すると、毅瑠に近付いた。そして、迷わず右手を振り上げる――

 ぱんっ、と乾いた音が体育館裏に響いた。

 叩かれた勢いで片眼鏡が飛び、毅瑠は我に帰った。

 八千穂が正子を睨み付ける。

「あ、ごめんなさい。そうじゃないのよ」何を誤解したのか、正子は顔を赤らめて首を振った。「私と向井君はなんでもないの。たまたまここで会っただけ。誤解しないでね。……じゃあ、ごゆっくり」

 正子はそうまくし立てると、慌てて走り去った。

 毅瑠は、体育館の壁に背を預けて息を整えた。

 地面に落ちた片眼鏡を八千穂が拾い上げる。

「それ、君のだろ?」

「見えたの?」

「え?」

「あの女の、つぎはぎだらけの〈魂糸たまいと〉、見えたの?」

 毅瑠は先ほどの光景を思い出して震えた。

「いったい何だったんだ……あれ」

「あれは〈魂糸〉。たましいのいと」

「たましい?」

「そう。あの女は、人の命を自分の命に継ぎ足している」

「何を言って……」

「昨日の事故は、あの女が犯人」

 場違いに爽やかな春の風が吹き抜け、八千穂の一本だけの三つ編みが揺れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>現代FTシリアス部門>「ひきわり」に投票
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ