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ひきわり  作者: 夏乃市
第二章 銅像生け贄事件
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銅像生け贄事件 7

 孝司とその母親を夏目に引き合わせると、毅瑠は一般教室棟へと急いだ。

 ボランティア全員分のビブスが用意できないため、巡回するときは生徒会の腕章をつけることになった。太一は残念がったが、毅瑠はありがたく腕章に変更した。その腕章を腕に巻くのももどかしく、四階を目指す。――目的は、あの三つ編みの一年生だ。

 一般教室棟は、南から北へ、A組からF組まで順番に教室が並んでいる。特別教室棟と一般教室棟を繋ぐ渡り廊下は、B組とC組の間に位置しているので、毅瑠はA組から探すことにした。

 昼休みの教室では、生徒たちが思い思いに過ごしている。一年生に混じって、生徒会の腕章をつけた巡回ボランティアの三年生達が散見される。彼らは巡回をすると同時に、部活動の勧誘も行っていた。昼休みに教室内で部活動への勧誘をすることは禁止されているのだが――かつてそれがエスカレートし過ぎたためだと毅瑠は聞いている――今回のボランティアには、それを大目に見るという条件が付けられていた。新入生も、熱心に上級生の話に耳を傾けているようだった。

 腕章のせいもあり、一年生が次々と挨拶をしてくる。それに答えながら、毅瑠は順番に教室を覗いていった。

 昼休みなのだから、必ずしも全員が教室にいるわけではない。あの女生徒だって、どこか他の場所で昼食を取っているかもしれない。しかし、毅瑠は構わず教室を見て回った。

 生徒会室には、写真入りの新入生名簿がある。認められた自治権の大きさに比例して、多くの情報が生徒会には集まっているのだ。しかし、毅瑠はそれを見ようとは思わなかった。これは、あくまでも個人的な用事だからだ。

 一年D組を過ぎ、一年E組を覗く。そこにもいなかった。三つ編みをしている女生徒自体が少ない。

 最後の一年F組に向かいながら、毅瑠は、道生が話していた〈神坂〉という女生徒が、一年F組だったことを思い出した。しかし、今はそんなことはどうでも良かった。

 さっき見えたおぞましい世界――何かがほつれた孝司の体――あれは、片眼鏡のせいだとしか思えない。なら、それの持ち主であろう彼女は――何かを知っているはずだ。それを――訊かなければならない。

 道生と話していたときの浮き立つような気持ちは、どこかへ消えてしまっていた。

 はたして、一年F組の教室にあの女生徒はいた。机でひとり、文庫本を広げている。

 毅瑠は、教室の入り口付近で、手近な女生徒に声をかけた。

「ちょっといいかな。あの窓際で文庫を読んでいる子、呼んでくれないか?」

 声をかけられた女生徒は、毅瑠の腕章を見てびっくりしたような顔をした。

「落とし物を届けに来ただけだよ」

「そうですか。ちょっと待っていてください」

 女生徒は目に見えて安堵の表情を浮かべると、窓際へと向かった。

 我ながら姑息だな、と毅瑠は思う。これだけ巡回の上級生がいるのだ。直に彼女の席まで行っても、何の問題もなかっただろう。頼まれた女生徒も、何の呼び出しと勘違いしたのか――

 毅瑠は呼びに行ってくれた女生徒を目で追った。恐らく呼びかけるであろう、三つ編みの彼女の名前をしっかり聞こうと耳を澄ませる。

 そして、毅瑠の耳に届いたのは、予想だにしていなかった名前だった。

神坂かみさかさん。生徒会の人が落とし物を届けに来たって」

(神坂?)

 不審げに、神坂と呼ばれた女生徒は顔を上げた。文庫本を閉じると、ゆっくりと立ち上がる。用件を伝えてくれたクラスメイトに、礼の一言もない。

 毅瑠は、ゆっくりと近付いてくる彼女から目が離せなかった。

 間違いなく、昨日階段ですれ違い、一緒に転げ落ちたあの一年生だ。すらりとした長身。高校生離れして大人っぽい雰囲気。切れ長の目と、すっと通った鼻筋。無表情な口元。正面から見るとボブカット風の髪。その背には、腰の辺りまでの三つ編みが揺れている――

「何?」

 短い必要最低限の言葉が、何の感情も含まず投げつけられた。

 毅瑠は――唾を飲み込んだ。

 彼女の三つ編みは、左一本しかなかった。


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