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ひきわり  作者: 夏乃市
第二章 銅像生け贄事件
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銅像生け贄事件 6

 松広孝司の事故の翌日。

 生徒会室で、毅瑠と道生の二年生コンビが弁当を使っていた。

 昨日の今日で早々に軌道修正を迫られた生徒会は、校内の巡回に部活動の三年生を中心としたボランティアを手配した。これにより、毅瑠と太一の負担が大幅に軽減された。

 一方で、道生は精力的に噂話を収集していた。

「全体的に、随分と下火になってきてたんだけどなあ……」

 道生が呟く。昨日の孝司の一件で、噂話が再燃してきているようだ。

「なんだか、噂を補強するみたいになっちゃったからなあ、昨日の事故」と毅瑠。

「ああ。挽田さんも松広君も、何者かに突き落とされたって、そんな噂が飛び交っているよ」

「以前も銅像絡みで自殺した生徒がいたって話、あれはどうなんだ?」

「デマだったよ。十年ぐらい前に、保健室でリストカットした生徒がいたというのが真相で、銅像の前ではなかった。しかも、その生徒は死んでいない」

「でも、学校での自殺というのは正しかったんだな」

「……まあね。もっとも、噂に根拠を求める方がどうかしてるのかもしれない。『学園を恨んでいた』『何者かに突き落とされた』『柵の外から引っ張られる』『メールを送らなければ死ぬ』……どれも、ありがちな噂だろ?『遺体の一部が見つかっていない』というのは、あれだけの惨状じゃあ……それも仕方ないだろう」

 挽田香の自殺現場を思い出し、二人は食事の手が止まった。

「で? 生徒会としての見解はどうする?」

 道生はしばらく考えてから答えた。

「無理に否定するより、屋上に出なければ大丈夫、という話に誘導するのが妥当な線かな。加えて、学園が銅像のお祓いでもしてくれればわかりやすくていいかもしれない」

 上手くいくかどうかはともかく、生徒会としては、そういう方向で対応していくしかないだろう、と毅瑠も思った。孝司が落ちた理由が、実は未だにはっきりしていない――はっきりしていないが、本人が自殺ではないと言い張る以上、生徒会もそれを信じる他ない。とすれば、彼は屋上に行ったが故に落ちた――行かなければ落ちなかった、と生徒たちを誘導することに矛盾は生じない。

「あれ、そういえば幽霊の話は?」

 毅瑠の問いに、道生は眉をひそめた。

「その話だけは、ちょっと困ったことになっているんだ」

「?」

「どうもその話、特定の生徒のことを指している可能性が高い。屋上周辺や、銅像近辺でその生徒を見かけて、それが幽霊話と重なってしまったようなんだ」

「でも、顔の右半分潰れているって……」

「その生徒っていうのは、一年F組の神坂八千穂かみさかやちほ。彼女、腰まである髪を三つ編みにしているんだが、左側一本だけで、右はないんだよ」

「右がない?」

「普通の二本の三つ編みを、右だけ根本から切ってしまった様を想像すれば間違いない。入学したときからそんな髪型だったらしい。もっとも、まだ数日だけどね」

「詳しいな」

「彼女、背が高くて、スタイルも良くて、おまけに美人なんだ。たった数日でも、一年生の間では話題で持ちきりだ。事件の噂に混じって、いろいろと聞こえてきたよ」

「三つ編みが一本だけの理由とかか?」

「ああ。聞きたいか?」

「いや、いいよ」

 どうせ、ろくな噂ではないだろう。

 毅瑠は、昨日会った三つ編みの一年生のことを思い出していた。彼女はちゃんと左右の三つ編みが揃っていた。なんだかわけもわからず殴られ、とがめられたが、不思議と、もう一度話してみたいと思えた。

「あ!」

 毅瑠は声をあげた。すっかり忘れていた。

「どうした?」

「これ」

 毅瑠がポケットから引っ張り出したのは、時代がかったデザインの片眼鏡だった。三つ編みの一年生に会った直後に拾った物だ。

「落とし物。昨日の騒ぎですっかり忘れてた」

「随分と年代物だな」

 道生はそれを手に取ると、矯めつ眇めつした。しかし、それほど興味が湧かなかったらしく、早々に毅瑠に返してよこした。

「事務室前の落とし物箱にでも入れておいたらいい」

 心当たりはあるんだ――と毅瑠は心中で答えた。恐らく、あの三つ編みの女生徒の物だろう。後で、校内巡回のついでに彼女を探そうと思う。そして返してやろう――毅瑠は少し心が浮き立つのを感じた。

 よく見れば、その片眼鏡は、ガラスが入っているだけの伊達眼鏡のようだった。真円を描くフレームと、いわゆる鼻当ての部分の金属が微妙に違う。鼻当ては後から付けたもののようだ。フレームにには小さな輪が持ち手のように付いている。紐か鎖を付けるところだろうが、今は何も付いていない。なんとなく――毅瑠はそれをかけてみた。鼻当てはレンズの左側にあり、眼鏡は右目にかけることになる。ガラスの曇りのせいだろうか、眼鏡越しの世界はぼんやりとしていた。

「失礼します」と声がかかって、一人の男子生徒が生徒会室へと入ってきた。左腕をギブスで固定し、首から釣っている。

「あれ? 君は確か……」道生が立ち上がった。「松広孝司君だね。今日退院だって聞いていたけれど、大丈夫なの?」

「はい。病院から立ち寄りました。先生方と生徒会の人に挨拶しろって、母が言うので」

 孝司の背後で、母親と思しき女性が深々と頭を下げた。

「先生に聞いたんですけど、マットを用意するように進言してくれたのは生徒会だって」

「ああ、それは生徒会長だよ。今は〈相談室〉にいるはず……」

 ――道生と孝司の会話が続いていた。

 しかし、毅瑠は金縛りにあったように動けなくなっていた。

(……なんだ? これは……)

 毅瑠は片眼鏡をかけたまま、入ってきた孝司を目にした。そして――飛び込んできた光景が理解できず――自分の目を疑った。

 ――孝司の体のあちこちから、淡く光る紐か糸のようなものが飛び出していた。それはまるで、酷く糸のほつれたぬいぐるみのような有様だ。――向かい合って話す道生も、背後に立つ孝司の母親にも、そんな糸は見えない。孝司だけが――体中から何かをはみ出させて――何かを――それは、とても不気味な眺めだった――

「毅瑠」

 道生に声をかけられて、毅瑠は我に帰った。

「松広君を生徒会室の戸時会長のところに案内するの、頼んでもいいか? 俺はここで作業を続けなきゃならないんだけど」

「……わかった」毅瑠は頷くと立ち上がった。

「お前、それ外した方がいいよ」

「え?」

 道生に指摘されて、毅瑠は慌てて片眼鏡を外した。

 それで、孝司の体からはみ出しているものは見えなくなった。


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