テレパシー事件 2
放課後の廊下に吹奏楽部が練習をする楽器の音色が響いている。窓の外からは運動部の生徒たちの掛け声が聞こえてくる。
生徒会室のある特別教室棟と、各クラスのある一般教室棟は、渡り廊下で繋がっていた。
生徒会室を出た毅瑠は、三階の渡り廊下中程で足を止めた。
「乙蔵さん」
「はい!」綾音の声が裏返った。
ちょっとの間を置いて、毅瑠が吹き出した。
「生徒会の調査だからって、そんなに気負わなくても大丈夫だよ」毅瑠は笑いをかみしめた。「それとも、俺が生徒会役員だから緊張してる?」
「そんなことありません」綾音は必要以上につっけんどんに答え、逆効果だったことに思い至る。「ええと……そうじゃなくて、向井君て……」
「何?」
「〈銅像生け贄事件〉の向井君でしょ?」
「そうだよ」
毅瑠が苦笑した。だから何だ――と言わんばかりに。綾音は穴があったら入りたくなった。さっき生徒会室では上手く話せたのに、今回は思考が上擦った挙げ句、この体たらくだ。
「二年C組の教室はそこだよね」
毅瑠は綾音の思考などお構いなしで、渡り廊下北側の窓から、すぐ目の前の教室を指さした。
渡り廊下は、ちょうどB組とC組の間に位置している。特別教室棟から渡りきって右に曲がれば、そこが二年C組だった。ちなみに、一年生は四階、三年生は二階が教室だ。
綾音は毅瑠の問いに無言で頷いた。外から見るとどの教室も同じに見える。しかし、綾音にとっては、学園内でのホームグラウンド、見慣れた二年C組だ。
毅瑠は窓に近付くと、しげしげと二年C組を観察した。いつの間にか、右目に虫眼鏡のような物をかけている。まるで――小説に出てくる名探偵のようだ。
それは何?――と訊こうとして、しかし、何となくタイミングを逸した綾音は、毅瑠の視線を追って窓の外を見た。そして、中庭から一般教室棟を見上げている女生徒を認めた。
すらりとした長身の立ち姿。高校生離れして大人っぽい雰囲気。切れ長の目と、すっと通った鼻筋。無表情な口元が少し冷たい印象を与えるが、それがかえって彼女の美貌に凄味を与えている。――しかし、それらすべてを抑えて、彼女には一度目にしたら忘れられない特徴があった。
正面から見ると一見ボブカット風の髪。しかし、左半分の後ろ髪だけが長く、それは腰の上まで、左一本だけの三つ編みに編み上げられていた。
(あれは……)
この涼心学園高校に彼女を知らない者はいない。
(神坂さん?)
彼女の名は神坂八千穂。今年入学した一年生だった。透き通った瞳が、二年C組の教室を見上げているような気がした。綾音が目を離せずに見つめていると、彼女がこちらを向き、目が合った――
「乙蔵さん、行こう」
「!」
射すくめられたように、もしくは魅せられたように、一瞬自失していた綾音は、毅瑠に声をかけられて必要以上に驚いてしまった。
「まだ緊張しているの?」
毅瑠がくすくすと笑い、綾音は耳まで真っ赤になった。
渡り廊下を渡りきる前に、綾音がもう一度中庭を振り返ったときには、既に八千穂の姿は見あたらなかった。