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ひきわり  作者: 夏乃市
第二章 銅像生け贄事件
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銅像生け贄事件 プロローグ&1

 事件は、まだ桜が満開の四月に幕を開けた。

 私立涼心学園高校りょうしんがくえんこうこうの始業式の日、一人の女生徒が校舎の屋上から身を投げた。彼女が身を躍らせた先には、学園の創設者涼原心一(すずはらしんいち)の銅像が建っており、直撃した彼女は、学園の中庭に凄惨な血の華を咲かせた。

 このとき、中庭に面した各教室では新学期のホームルームが行われていた。結果、二・三年生のほぼ全員が現場を目撃することとなった。

 学園は翌日に入学式を控えていたが、やむなく延期を決定。二・三年生も、新学期早々休校となった。

 休校が明けると、誰が調べたのか、銅像の前での自殺には前例があるとの噂が流れ、いつしかこの事件は〈銅像生け贄事件〉と物騒な呼ばれ方をし始める――

 しかしこれは、事件のほんの序章に過ぎなかった。




 銅像生け贄事件 1



「新学期早々の仕事がこれとはね……」

 生徒会長戸時夏目(とときなつめ)のぼやきも当然といえた。

 涼心学園高校の入学式は一週間遅れで行われた。二・三年生の通常授業もなんとか始まっていたが、事件は、未だ学園中に色濃く影を落としていた。授業が始まっても登校できない生徒が続出しているのだ。学園は、教職員はもちろんのこと、系列大学病院の医師やカウンセラー、果てはPTAのボランティアまで募って対応に追われた。

 学園側が事態の沈静化に東奔西走しているもう一方で、生徒たちの間では、事件現場の写真が携帯電話のメールで回されたり、事件がまことしやかな怪談に仕立て上げられたりしていた。学園側はなんとか歯止めをかけようとしたが至らず、苦慮していた。

 そんなわけで、生徒会長戸時夏目のもとへ、生徒間の噂や、写真の流出をなんとかするように、と学校長から正式な協力要請が入ったのである。

 朝早くから、特別教室棟三階にある生徒会室には、生徒会のメンバーが勢揃いしていた。


 生徒会長   戸時夏目とときなつめ  三年生

 生徒会副会長 縁田太一えにしだたいち 三年生

 生徒会副会長 山瀬道生やませみちお  二年生

 生徒会書記  木谷希奈きたにきな   三年生

 生徒会書記  向井毅瑠むかいかたる  二年生

 生徒会会計  水村作みずむらさく   三年生

 生徒会事務員 水村力みずむらりき   三年生


「校長先生から直々に協力要請があったわ。しかも学園長の意向でもあるそうよ。必要経費は特別予算として計上する、とまで言われたわ。まあ、要請がなくても、『友達以上、恋人未満』の生徒会としては、看過できないと思っていた所だったけどね。とにかく、早急に行動方針を決めるわよ」

『友達以上・恋人未満』というのは、現生徒会のモットーだ。昨年十二月に改選された折、夏目が掲げたもので、以来生徒会は、生徒たちの悩み・相談・不満などに、可能な限り親身に対応してきた。その背景もあって、今回の協力要請になったわけである。

 さらには、生徒会には、行動の指針となる方針が存在する。それは『全校生徒の滞りのない日常』というもの。新学期早々、生徒たちの日常は大いに滞っている――

「まず、事実確認をしたいと思う」夏目の後を受けて太一が口を開いた。「手元の資料を見て欲しい。飛び降りたのは、三年A組の挽田香ひきだかおり。四月二日水曜日の午前十一時三分。一般教室棟の屋上から、柵を乗り越えて、校舎五階分の高さを落下、中庭の銅像に直撃して即死した。同日十二時頃には、駆けつけた警察が屋上で遺書を発見。両親の離婚を苦にしていたことと、母親と二人暮らしになって進路選択に悩んでいたこと、が書いてあったらしい。不謹慎な言い方になるが……不審な点はないそうだ。よくある飛び降り自殺ということになったらしい」

「よくある」という表現は、同級生の自殺について言及するのには不適切な言葉だったが、今回に限っていえば重要な意味を持っていた。なにしろ、結果が凄惨なものだっただけに、動機や、自殺そのものについて、不穏な噂が絶えないのだ。

 太一に続いて、今度は道生が発言する。

「俺の方では、生徒たちの間で流れている噂をまとめてみました。時間内に拾えた分だけですけど。

 その一、挽田香さんは学園に恨みを持っていた。だから、創設者の銅像に向かって飛び降りた。

 その二、あの銅像は呪われている。以前にも、銅像の前で自殺した生徒がいた。

 その三、挽田香さんは何者かに突き落とされた。

 その四、一人で屋上に行くと、挽田香さんの幽霊に突き落とされそうになる。

 その五、挽田香さんの幽霊が出る。顔の右半分がつぶれている。

 その六、挽田香さんの遺体の一部が見つかっていない。

 その七、現場の写真をメールで受け取ったら、一時間以内に十人に送らなければ死ぬ。

 ――以上、順不同です」

 生徒会室を嫌な沈黙が満たした。

「そんなにあるの?」希奈が、眼鏡の奥の眼を瞬かせながら呟いた。

「バリエーションは様々ですが、概ねこの七通りでした」

「俺もいくつか聞いたよ」と力が言った。

「私もいくつか聞いたわ」と双子の姉の作が同意する。

「細かい話は後回しにしましょう。次は?」と夏目が促した。

 希奈が手を挙げる。

「登校できない人たちのことです。大体が事件現場を目撃してしまったことによるショックのようです。先週の水曜日から授業が再開されて今日で四日目ですが、昨日の段階で、二年生が十八人、三年生が十四人欠席しています。新入生は現場を見ていませんから、それが原因で欠席している子はいないようです。加えて、昨日一昨日で、授業中に気分が悪くなったり、体調不良を訴えた生徒が、十人前後いた模様です。男女比は半分半分といったところです」

 希奈に促されて毅瑠が続く。

「学校側の対応です。欠席している生徒には、各担任が電話連絡をした上で、必要なら医師やカウンセラーを紹介、もしくは派遣しています。校内では、保健室に非常勤の養護教諭がついて、常時二名体制になっています。あと、進路指導室にカウンセラーと教員が常駐していて、生徒の相談を受けています。とりあえず、今週一杯は続けるとのことです。それから、屋上は立ち入り禁止。常時施錠されています。銅像は、周辺も含めてブルーシートで覆われている上に、半径十メートル以内は立ち入り禁止です。さすがに「見るな」とまでは言っていませんけど」

「新聞やテレビの報道は沈静化しています」と今度は作が言った。「事件直後も、それほど大きな扱いではありませんでしたし、いじめ等の背景もありませんでしたから。学校側の対外的な対応も、上手く切り抜けたって感じかしら。……もっとも、現場は酷い状況だったから、いずれゴシップ誌辺りが何か記事にするかもしれませんけど。ネット関係は……力、お願い」

「現場写真と挽田さんの顔写真が流出している掲示板がありました。出所は特定できませんが、現場写真は校内で回されているものだと思います。顔写真は中学校の卒業アルバムのようです。学園外の同級生じゃないかと思います」

 授業が再開されて以降、生徒会のメンバーたちは独自に状況把握に走り回っていたのだ。その報告をまとめて聞いた夏目は、しばらく天井を見上げて考えを巡らせていた。

 ぱんっ、と夏目が手を打った。全員の顔を均等に見渡す。

「対応は三つね。

 一つ、生徒会独自の相談室を作る。

 一つ、校内の巡回を行う。

 一つ、噂話を集約して対策を練る。

 基本的に対応は校内に限ることにするわ。メディアやネットは私たちではどうしようもないから放っておきましょう。縁田君と向井君は校内の巡回。山瀬君は噂話の収集。残りは相談室ね」

 全員が頷いた。

 それから、実際の運営について細かい打ち合わせが行われた。

 一通りの事柄が決まると、太一が立ち上がって檄を飛ばした。

「これは学園の危機である。全力で職務を全うして欲しい。解散!」

「待って待って!」

 全員が勢いよく立ち上がったところを、夏目が制した。

「縁田君、突っ走り過ぎ。まだ話があるから座って頂戴」

 太一を筆頭に、全員が訝しげな表情のまま、浮かした腰を再び下ろした。

「ええと、事件現場を実際に見た人、手を挙げてくれる?」

 ばらばらと、ほぼ全員の手が挙がる。しかし、希奈だけが下を向いたままだ。

「あれ、希奈先輩休んでましたっけ?」と毅瑠。

「ううん、来てたけど……」希奈の顔が見る見る蒼白になる。

 それを見た夏目は、音もなく席を立った。そして、希奈の背後に回ると、優しく抱きしめた。

「大丈夫よ、希奈。……怖かったのは、あなただけじゃないわ」

 希奈は一瞬意表を突かれた顔をしたが、「うん」と小さく頷いて体の力を抜いた。

 しばらく、生徒会室の中の時間が止まった。やがて――

「もう平気。ありがとう、夏目」と、しっかりした声で希奈が言った。

 夏目は体を離すと、生徒会室を見回した。

「さあ、今日は特別サービスよ。私に抱きしめて欲しい人は他にいない? 男子だっていいわよ」

「そ、それはセクハラ発言だ!」

 太一が顔を真っ赤にしてモゴモゴ抗議し、全員が弾けるように笑った。

「じゃあ、俺、お願いしようかな……」

 鼻の下を伸ばした力が腰を浮かせたが、その足を、作が力一杯踏みつけた。

「痛って!」

「馬鹿言わないの、力。後で私がやってあげるから」

「なら、作には私がやってあげるわね」

 そう言った夏目は、作の頭を抱いた。

「わ、ちょ、夏目! 私、そんな趣味ないって」

 作の「そんな趣味」発言に、男子全員が顔を赤らめる。

「私にあるって言ったら?」

「ないないない」

 作は大暴れをして夏目を振り払った。

「あら。つれないわね」夏目は肩をすくめて見せると、隣に座る力の肩に手を乗せた。「力もよろしくね」

「ああ、任せてくれ」

 ぱんぱん、と夏目が手を叩く。

「さて、縁田君。仕切り直してくれる?」

「あ――、というわけで、まず自分たちが潰れないようにな。では、解散」

 生徒会のメンバーといえども一生徒なのだ。使命感だけでがんばっていては、どこかに無理が出てしまう――夏目は、そのことをよく心得ていた。

「特別サービスはしばらく有効よ」

 生徒会室を出て行くメンバーの背中を、夏目の声が追いかけた。


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