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ひきわり  作者: 夏乃市
幕間その一
24/106

綾音のお友達大作戦

 乙蔵綾音おとくらあやねは悩んでいた。

〈二年C組テレパシーカンニング事件〉が無事解決し、クラスには平穏が戻っていた。だから綾音の悩みは、クラスとは別のことだ。

「どうしたの? 綾音」

 クラスメイトの羽田厚子はねだあつこが、机に突っ伏した綾音に声をかけた。

「あ――、厚子。今朝ふられたの」

「え? だれにだれに? 私の知っている人?」

「もちろん。この前会ったばっかりよ」

「この前……もしかして、テレパシー事件のとき?」

「そ」

 厚子は、綾音が誰のことを言っているのかわかったらしく、そうかそうかと頷いている。

「でも綾音、あれはやめておきな」

「何で?」

「だって、あんまりいい噂を聞かないよ。そりゃ、生徒会に関わっているから頭良いんだろうけどさ。綾音には、もっと普通のがいいよ」

「それは聞き捨てならないわ」

 綾音は上体を起こすと、厚子を見た。

「髪型とか、噂とか、そんなことで人を判断するのは悲しいことよ」

「なにそれ?」

「……て、戸時先輩が言ってた」

「ふーん。ところで、髪型って?」

「あれ? 髪型のこと言ってなかった? やっぱり、すぐそれが出るでしょ?」

「そんなに珍しい髪型してたかしら。まあ、天パーってくらい?」

「……厚子、誰の話をしているの?」

向井毅瑠むかいかたるじゃないの?」

 綾音は勢いよく立ち上がった。

「冗談じゃないわ。あんな悪趣味サド男なんて、百万円積まれてもお断り」

「酷い言いようね。じゃあ……誰?」

「決まっているじゃない。神坂八千穂さんよ」

「は?」

 綾音は、八千穂とどうしたら友達になれるかで悩んでいたのだった。



 今朝、綾音は登校時に八千穂を見かけた。

 いつも通り、左一本だけの三つ編みを揺らし、背筋をまっすぐ伸ばし、孤高の雰囲気を振りまいて歩いていた。

 それでも、綾音は勇気を振り絞って声をかけた。

「おはよう。神坂さん!」

「おはよう」

 立ち止まった八千穂は、綾音を見ながら小さく答えた。

「今日も良いお天気ね」

「そう」

「朝ご飯は何を食べたの?」

「目玉焼き」

「洋食なんだ?」

「和食」

「……」

「……」

「ねえ、私の名前覚えている?」

 八千穂は小首を傾げた。

 綾音はがっくりと肩を落とした。そして、頭を上げたときには、八千穂はさっさと行ってしまっていた。綾音は、その場で名乗ることもできなかった。



「向井君」

「な……何?」

 凄まじい形相で生徒会室に飛び込んできた綾音に、向井毅瑠はたじろいだ。

「ちょっと来て」

 綾音は毅瑠の手を掴むと、強引に生徒会室から引っ張り出した。そのままの勢いで特別教室棟三階の廊下を突進し、階段の前の防火扉に毅瑠を叩き付けた。

「ちょ……痛って……」

「神坂さんてどんな子?」

「は?」

「私、神坂さんに忘れられていたわ」

「……」

「笑わないで」

 毅瑠は綾音の手をふりほどくと、シャツの襟を整えた。

「笑ってないよ。でも変だな」

「変?」

「ほら、K駅前で乙蔵さんがチホを見かけた日。夜の電話で、チホは乙蔵さんに見られたって、わかっていたけど」

「じゃあ、なんで今朝挨拶しても、首を傾げられたのよ?」

「……まてよ。あのとき……そうか。チホは、乙蔵さんの名前を言ったわけじゃない。あれだ、ほら……バレンタイン?」

「バレンタイン? 何?」

「……髪につける」

「バレッタ?」

「そう、それだ。チホは乙蔵さんのバレッタに見覚えがあったようなんだ」

 綾音は自分の頭に手をやった。トレードマークのバレッタ。好きでいろいろな物を集めている。そうだ――女の子なら、これに反応して当たり前だ。

「チホの反応は僅かだから、わかりづら……」

 再び、綾音は毅瑠を防火扉に押しつけた。

「神坂さんの好きなものって何?」

「好きなもの? ……コーヒーかな。あと……あれ?」

 綾音は、毅瑠の言葉を最後まで聞かずに、その場を後にした。



 翌朝、綾音は早めに登校した。

 そして、正門の少し手前で八千穂が登校してくるのを待っていた。

 八千穂はいつも通りの時間に登校してきた。

 綾音は意を決すると、後ろから八千穂を追い越した。そして、八千穂に後頭部を見せつけるように歩く。

「あ」

 八千穂が小さな声をあげたのを、綾音は聞き逃さなかった。振り向き、そして八千穂を見る。

「神坂さん。おはよう」

「おはよう……」

「ねえ、気が付いた?」

 何を? とは言わなかったが、八千穂は頷いた。

「かわいい」

「ふふふ」

 綾音は前を向くと、八千穂によく見えるように、もう一度後頭部を見せる。そこには、コーヒーカップを象ったバレッタがついていた。花やリボンをかたどった物は多いが、コーヒーカップは珍しい。綾音は昨日、商店街を隅から隅まで探して、これを買ってきたのだった。

「神坂さんは、バレッタはしないの?」

「髪型が……」

 八千穂の言葉が、幾分しゅんとした。普段、無表情でぶっきらぼうなのでわかりづらいが、普通の女の子ではないか。

「全然大丈夫よ。左の三つ編みの根本につけてもいいし、いっそ、その三つ編みをどうにかする手もあるわね」

「どうにか?」

「うん……じゃあ、お昼休みに一緒にご飯しない? やってあげる。迎えに行くから」

 そう言って綾音は駆けだした。

 少し先で立ち止まると、くるっと振り返る。

「そうだ。私は綾音よ。あ・や・ね。今度こそ覚えてね」



 その日の放課後。

 生徒会室に現れた八千穂を見て、その場にいた誰もが驚きの声をあげた。

 いつもは無造作に下がっている三つ編みが、左側頭部に綺麗な輪を作っている。そして、巻いた三つ編みは、コーヒーカップを象ったかわいいバレッタで止められていた。

「あら、八千穂ちゃん。素敵ね」夏目が、感心しきりといった表情で言った。

「随分と大人っぽく見えるわ。色っぽいし」希奈がうらやましそうに言う。

「これは、男どもの目に毒だわね」と笑ったのは作だ。

 太一は顔を真っ赤にして声が出ない。

「いつもそうしていれば、髪型でどうこう言われることないのに」と道生。

「ひとりじゃできない」八千穂がぽつりと呟いた。

「確かに面倒臭そうだね」と力。

「で、誰にやってもらったんだ?」と毅瑠が訊いた。

 八千穂は髪をいじりつつ、嬉しそうな声で答えた。

「綾音」



《綾音のお友達大作戦 了》

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