テレパシー事件 22
「やっぱりここだったわね」
夏目が屋上に顔を出した。手には、封筒やらビニール袋やら、色々抱えている。
「はい、乙蔵さん」
封筒は綾音に向かって差し出された。
「何ですか? これ」
「請求書よ」
「え? お金取るんですか?」
「あら、向井君伝えてなかったの?」
「すいません。忘れてました」毅瑠がしまったという顔で頭をかいた。
封筒の中には、確かに請求書が入っていた。明細には『お札一式』と書いてある。
「必要経費よ。そのお札代、生徒会費で出すわけにはいかないでしょ?」
「う――、わかりました」
「こっちは私の奢りね」
夏目は、ビニール袋からジュースのパックを取り出して全員に配った。そして、自分が真っ先にストローを差すと、「乾杯!」と言って、高く掲げた。
「しかし向井君、今回は少し欲張っちゃったわね」
「ははは……そうですかね」
「欲張り、ですか?」綾音がジュースに口を付けながら訊く。「あの、テレパシーの再現のことですか?」
「ん――、それもあるけど、二年C組の事件に託けて、神坂さんの問題も前進させようとしたのよね」
毅瑠は居心地悪そうに身動ぎした。八千穂は、そもそも聞いているかどうかも怪しい。
「わからない? 今回、あなたのクラスの問題を実質解決したのは、神坂さんということになっているのよ」
「あ!」
「そうするとどう? 彼女の株は急上昇。友達の少ない彼女を、もっと学校に溶け込ませよう、そういう向井君の作戦だったのよ」
先輩は知らないでしょうけど、実は施術が――綾音はそう考えかけて、しかし、違うのだと気が付いた。さっきも言っていたではないか。あの場での詠唱はなくても良かったのだ。況んや巫女装束は、だ。なら、あれほど派手に八千穂を前面に出さずとも、施術を行うためだけなら握手程度で良かった――二年C組への暗示効果を狙ったとしても、確かにやり過ぎだ。
「俳句のことも併せると、ちょっと欲張り過ぎね。そりゃもう大変だったんだから……。でも、結果は上々だったわね。そうでしょ? 綾音ちゃん」
「はい。もう、見事に」
「蛯原先生の方も、いいきっかけになったんじゃないかしら」
「きっかけですか?」
「蛯原先生は、良くも悪くも大人だから。ちゃんと落とし所ってのがわかっているのよ。生徒全員が赤点なんて、自分の指導力も問われちゃうわけだから、本当にやるつもりがあったとは思えないわ」
「でも、過去の模範解答はちょっとでき過ぎじゃあ……」
「あれはね――、きっと蛯原先生の自己暗示よ。無意識にいつも同じ文章を書いていて、毎回考えていると、そう思い込んでいたんじゃないかしら」
「へー」
「まあ、気が付いた向井君はお手柄だったわね」
綾音は少し唇を突き出して呟いた。
「なんか……みんなタヌキですね」
「そうね。学校は社会の縮図。人は本音や正論だけで生きているわけじゃないもの。それをわかっていないと、集団はまとまらないわ」
そこまで言って、でも、と夏目は言葉を繋いだ。
「本当は、正面から本音でぶつかることが一番大切よね」
「そうですね」
綾音は力一杯頷いた。正面から本音でぶつかる。毅瑠みたいに詭弁を弄さず、心からの言葉で話をする。――それは、とても素敵なことだ。
「先輩、聞いてくれますか?」
「ん?」
綾音は声を大にして宣言したくなった。
「私、今、興味がある女の子がいるんです。綺麗で、不思議で、ちょっと怖くて……でも、なんか味がありそうな女の子。まず、私のこと、名前を覚えてもらうところから始めたいと思います」
「あら」と夏目が笑った。「向井君。君の悪戦苦闘も、無駄じゃなかったみたいね」
ますます居心地が悪そうに、毅瑠は頭をかいた。
八千穂は、聞いているのかいないのか、沈み行く夕日を眺めている。
これは手強そうだな、と思い、なんだか綾音はとても嬉しくなった。
翌日、〈二年C組テレパシーカンニング事件〉は人形の呪いだった、という話題で校内が持ちきりだったのは言うまでもない。
《テレパシー事件 了》
第一幕「テレパシー事件」はこれにて終了です。
幕間を経て、毅瑠と八千穂の出会い「銅像生け贄事件」が始まります。
乞うご期待。




