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ひきわり  作者: 夏乃市
第一章 テレパシー事件
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テレパシー事件 21

 雲の隙間から覗く夕日が、屋上を斑に染めていた。

 綾音、毅瑠、八千穂の三人が金網に寄りかかって雲を見上げている。

「右の三つ編み、力を使うときに現われるのね?」

 綾音の言葉に八千穂が頷く。今は、三つ編みは左一本だけだった。

「それにしても、相変わらず悪趣味な話し方だったわね。向井君」

「今回は認めるよ。意図したからね……」

「あの俳句……」

「ああ、あれ? 実は……」

 毅瑠が説明しようとするのを、綾音は手で制した。

「?」

「私、事前に戸時先輩に聞いて知ってた」

「え?」

「……だから、あのとき、違う俳句を書いても良かったんだ」

「でも、三十枚ちゃんと同じ俳句があった……」

「うん。違うのを書けば、きっと私の溜飲は下がったと思う。でも、それは、二年C組全体のためにならないと思ったの。この事件は、しっかり祓う必要があると思ったのよ」

「……」

 毅瑠の仕込み。それは、テレパシーを再現することだった。

 今の高校生は普段俳句に馴染みがない。だから、聞いたばかりの印象的で忘れがたい俳句があれば、俳句を書けと急かされたとき、咄嗟にそれを選ぶ可能性が高い――そう毅瑠は考えたのだ。そして、あの手この手を使って、生徒たちに例の俳句を印象づける作戦に出ることにした。

 同じ小論文を書いた生徒のうち、綾音を除いた二十九人に対して、それぞれ別の方法で、それは行われた。毅瑠を除いた生徒会役員六人が実働部隊だった。担当は、一人頭五人――

 たとえば、最近俳句にはまっている先輩が、こんな俳句どうだ? と声をかける。

 たとえば、最近俳句を始めた両親が、こんな俳句どう? と声をかける。

 たとえば、兄弟が、先生が、恋人が――

 よく行くお店の店員とか、通りがかりの人とかでも良いだろう。

 とにかく、生徒会役員の、可能な限りの人脈と行動力が費やされたのだった。

 それは、想像を絶する作業だったと言って良い。それでも、彼らはそれをやってのけた。結果は――綾音の知る通りだ。

「しっかし、先輩方もよくやってくれたわね」

「すごいだろ?」

「でも、いずれはばれるんじゃない?」

「大丈夫だよ。こんなこと、考えても、実行する人間がいるとは思わないだろ?」

「そうね」

 俳句が選ばれたのは、言葉数が少なくて仕込みやすい、という理由だけでないのだろう。この程度なら、誰も切羽詰まることはない。――あのときのように、〈魂糸〉を伸ばしてしまう生徒もいない――

 綾音は笑った。気分は上々だった。

「そう言えば、私がここで神坂さんに施術してもらったとき、うたがなかったような気がする……」

「唄?」

「ほら、魂のなんたらって……」

「ああ、詠唱か。なくてもいいんだ。最初はなしにしようかとも思った。でも、チホがやりづらいらしいんだ」

「ふーん」

 夕焼け雲を見上げる八千穂の横顔は綺麗だった。さっき教室で八千穂を前に感じたことが蘇ってくる。

 綾音は思う。毅瑠にも、八千穂にも、冷たく思われる行動があったり、怖い思いをさせられたり、ここ数日で随分と振り回された気がする。でも、そのすべてを、自分が心の中で理解して正当化する必要はないんだと。怖いと思ったことはそのまま、嫌だと思ったこともそのまま、そして、命を繋いでくれた感謝もそのまま、一緒くたにして向き合えば良い。

 そう――憧れのあの人なら、きっとそうするに違いないから。

「神坂さんに施術してもらったとき、とても安心したわ。それに、みんなを施術してくれてとても嬉しかった。……だから、たとえね……向井君に頼まれて嫌々やってくれたんだとしても、私は感謝しているわ。どうもありがとう」

「何もない」

 ぼそっと八千穂が言った。思わず、綾音は毅瑠の顔を見た。

「どういう意味かしら?」

「感謝される程のことはしていない……という意味だよ。たぶんね」

「神坂さんて……なんだか味があるわね」綾音は笑いをかみ殺しながら言う。

「まあね。かめばかむほど味が出るタイプだ」

 八千穂は意味がわからないらしく、小首を傾げた。

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